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【アンフェア】 と【north port MALL】

明日(4/21)、センター北の【north port MALL】がオープンする。
多少やっていない店があったみたいだが、今日は事実上【プレオープン】
状態だった。
仕事終わってからだったので、のんびりはみていないが、造りは
ららぽーと横浜、ラゾーナ川崎の小型版といった所・・。
しかし、なぜこうもどこも同じような造りになるんだろうなぁ?
さすがに、同じモノ3つ目ともなると、首を傾げたくなる・・。
まあ【north port MALL】については、後日ゆっくりみて書く事にする。

で、7Fに鎮座する【ワーナー・マイカル・シネマズ】も、1日早くオープンした。
実は事前に、応募しておくと、応募者全員に4/20当日限りのどの映画も観られる
【無料鑑賞券】

が頂けた。という事で、早速、それをゲットしていたので、仕事を終えてから
観られるやつという事で、探すと、

【ブラッド・ダイヤモンド】
【マリー・アントワネット】
【ハリーポッターと賢者の石】
【ハリーポッター2】
【ロッキー・ザ・ファイナル】
【シュレック2】
【大帝の剣】
【東京タワー】
【アンフェア】

とさすが12スクリーン!なので結構あったけど、この中では
一番好みに合うのは絶対に眠くならなそうな

【アンフェア】

という事で【アンフェア THE MOVIE】に決定。(笑)
実は、初めての【レイトショー】だったが、さすがに無料券をばらまいて
いるのとオープン2日間だけ1000円なので、結構いっぱいかな?と思ったら、
予想外のスカスカで、20人くらいしかいなかった・・(^-^;
でも、前の座席との間隔も、座席自体の幅も広く、185cmある自分も全然
窮屈ではなかった!これはいい!(゚-゚)b

【アンフェア THE MOVIE】といえば、3/15に篠原涼子が
フジテレビをジャックしていた時に、

【スタッフロールの後も必ず観て下さい】

と言っていたので、内容ももちろん楽しみだったが、実は
そこを一番楽しみにしていた。
【スタッフロールの後】に、どんな【どんでん返し】が待っている
のだろう?・・と・・。
それを事前に知らない人たちは、【スタッフロール】が始まると早速
帰ってしまった。が、結論から言って、観ても観なくてもほぼストーリーには
影響は無かった・・(爆)●〜*
あそこまで期待させる【番宣】をしたんだから、もうちょっとひとひねり
欲しかったなぁ・・。
でも内容は・・さながらいつも通りの【和製・24】といった結末を想定させない、
展開の速さは期待は裏切らない。
そしてまたまた予期せぬ結末も期待を裏切らないとだけ言っておこう・・。
ただ【24】並みに、やたら【銃】が出るのと、やたら【人が死ぬ】ので、
子供と同伴は避けた方が良いかもです・・。

・・・でも、やはり自分はこういう映画好きだわ!(爆)●〜*

特待生制度かぁ・・

「日本高校野球連盟は16日、プロ野球西武から金銭供与を受けていた
 早大元選手の出身校で、学費免除の奨学制度など学生野球憲章違反が
 明らかになった専大北上高校(岩手県)が提出した硬式野球部解散届
 を受理したと発表した。同校も会見し、高木敬蔵校長らが経緯説明
 とともに謝罪を行った。ただ同校は再発防止および健全なクラブ組織
 の確立が可能になった段階で新たに部を発足させる方針。日本高野連
 も復帰の道は閉ざしておらず、「新生野球部」が今夏の地方予選に
 出場する可能性もある。 西武の裏金問題で、ついに野球部解散の
 「悲劇」が起きた。高校時代から西武の金銭供与を受けていた早大
 野球部元選手の出身校である専大北上が、日本高野連に対して解散届
 を提出。これが受理された。プロアマ球界の醜聞に、93人の同校野球
 部員までもが巻き込まれた形だ。
  同校は12日の高野連の事情聴取で指摘された、(1)野球部コーチ
 だった元教諭が元選手と西武が交わした覚書に関与、(2)中学時代の
 実績に応じて学費などを免除する奨学制度が学生野球憲章に抵触-を
 重く受け止めたことを解散の理由に挙げた。
 会見した同校の高木校長は「身を伏してでもおわびしなければ
 ならない。すべて洗い流して再生してスタートすることが、
 純粋な硬式野球の在り方」とこうべを垂れた。
  一方で自主解散を「除名逃れ」と見る向きもある。高野連は18日
 の審議委員会で、再加盟ができない除名処分を含む厳罰を視野に
 入れていた。金銭供与に関与した個人の処分は不可避でも、解散した
 ことで部自体への処分は保留扱いになる。高野連の田名部参事も
 「再出発の機会まで奪うことはできない。選手のことを第一に
 考えている」と話し、学校側の姿勢次第では早期の再加盟の
 可能性を示唆した。
  野球部員は当面、同好会扱いで練習を続けるが、同校は再発防止
 および健全なクラブ組織の確立が可能になった段階で新たに部を
 発足させる方針だ。学生野球憲章を順守できる指導者の選任、
 保護者から奨学制度の解約同意を得ることなど「新生野球部」の
 環境が整えば、6月末の県大会の抽選に参加できる可能性もある。
 専大北上が解散を決めたのは窮余の策とも受け取れるが、少なく
 とも現役部員に罪はない。
 一日も早くプレーできる機会を整えることが、「大人たち」の
 最低限の務めであることだけは間違いない。」

中学、高校と野球をやっていた者として、ちょっと気になった。
西武と覚書を交わしていた事は処罰されても仕方ないのはわかるが、

【(2)中学時代の実績に応じて学費などを免除する奨学制度が
 学生野球憲章に抵触】

という点はちょっと理解に苦しむ・・。
自分も中学時代に中学が野球で強かったので高校から2校から
学費免除の特待生の誘いがあった。ありがたい事に、自分は
いわゆる【勉強ができない野球バカ】ではなかったので、
そのまま野球の強い進学校に入試できちんと入り野球部に
入部したが、一歩間違えば、上記に触れる形だった事に気付く・・。
しかし、その当時は【特待生制度】が【日本学生野球憲章】に
触れるとは教えられてもいなし、いけない事だとも今の今まで
知らなかった。
しかし、高校野球で【特待生制度】がいけなかったら、私立の
ほとんどの高校は全てダメだと思うぞ・・悪いが・・。
野球の強い私立はどこでも【特待生制度】はあるからね。
で、何がどういけないのか?調べてみると、

<日本学生野球憲章・第13条>

【選手または部員は、いかなる名義によるものであっても、
 他から選手または部員である事を理由として支給され、
 または貸与されると認められる学費、生活費その他の金品
 を受け取る事ができない。】

という事だ。
【特待生制度】は入学金、学費の免除になるのでいけない
という事らしい。しかし、それは【野球によって免除された
もの】に関してであり、学業優秀、もしくはその他の理由
による【特待生制度】で入学し野球部に入った場合はお咎
無しだそうで、今から高野連の調査に備え、裏で書類を
書き直している学校がたくさんありそうだ・・。
しかし、この憲章

【お金がたくさんある学校だけが得をするのを防ぐ】
【選手を勧誘する時に金が動く、仲介者が暗躍する事を防ぐ】

意味があるそうだから、そういう観点でのルールがあるのは
わかるが、家庭が貧しく、野球はうまいがちょっと頭は・・
という子供に野球をやらせたくともお金がないためだけに
やらせられない家庭などには得意な野球で授業料などを
免除してもらえれば、悪いが家庭の負担が減る。
でも結果、【裏金】と一緒でしょ?と言われれば反論は
出来ないのだが・・(-_-;)
野球はそれだけでなく、友人が仙台にいるのだが、例えば
仙台育英高校などは、野球部は全て他県からの野球で
引っ張ってきた人ばかりで、仙台出身の人がほとんどいない
のだそうだ。だから応援する気にならないのだと・・。
学校の名前の売り出しには、手っ取り早く甲子園に出るのが
一番早い。
こうした大人の手の上で子供達が踊らされている高校野球
の現状を見ると、いささかこの憲章の厳しさも仕方がない
のかもしれない・・。
でも、やはり【特待生制度】の件は納得いかないなぁ・・_| ̄|○

ただ、野球以外のスポーツでは今の所、こうした縛りはないそうだ。

【キヨスク】ピ〜ンチ!

「電車に乗る前に雑誌を買おうとしたら、売店のシャッターが
 閉じていた。最近そんな経験をした人が少なくないはずだ。
 首都圏のJR駅で、スタンド型売店【キヨスク】の3分の1が
 臨時休業するという異常事態が続いている。
 店舗を運営するJR東日本の子会社が人員整理を進めた結果、
 販売員が十分に確保できなくなったという。休業店再開の
 メドは立っておらず、駅利用者の不満は高まる一方だ。
 JR東管内でキヨスクを運営する【東日本キヨスク】によると、
 東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の約560店舗のうち、
 現在185店舗が臨時休業中。閉鎖は昨秋から都心の主要駅で
 始まり、今では近郊の駅にも拡大している。」

そういえば、新宿とか池袋とかメインっぽい【キヨスク】が閉まっていた。
前に雑誌で読んだ事があるのだが【キヨスク】の店員というのは、
100点を超える商品の値段を覚え、おつりはほとんど暗算、一度に多くの
客をさばく熟練の技が必要なため、売上に対してかかる人件費の方が高く、
実は赤字の店舗の方が多いのだそうだ。
考えてみれば【キヨスク】ができた1987年には駅構内にほとんど無かった
コンビニ、弁当店、土産店などが大幅に増えた。
さらに【キヨスク】では何個も手に取り商品を確認して買えないが、
コンビニでは何個も手に取り商品を確認できる。
商品の数にしても【キヨスク】とコンビニでは圧倒的に違う・・と、
購買する側の感覚も変わってしまっている。
極めつけは、リストラで人員整理をして、業績を整えたのはいいが、いざ、
人員が欲しくなった時には、このところの景気回復で、他の働き口が
増えてしまったために、地味で大変そうな【キヨスク】で働こう!という
人たちが現れなくなったと安易に予測できる。でも、時代と共にいらない
ものは淘汰されるのが世の中だが、あの職人技のスピードが見られなくなる
時代が来るのだとするのならば非常に残念だ・・。

予想通り他球団も・・

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「プロ野球の横浜ベイスターズは11日、2005年に日本大から
 入団した那須野巧投手(24)に、1994年にプロ野球界で
 申し合わせた契約金の最高標準額(1億円プラス出来高払い
 5000万円)を大幅に上回る5億3000万円の契約金を
 支払っていたことを明らかにした。佐々木邦昭球団社長は、
 横浜市中区の球団事務所で取材に応じ、契約金だけでなく、
 那須野投手に対し1年目の年俸も申し合わせの1500万円の
 2倍となる、3000万円を支払っていたことも公表した。
  佐々木社長によると、球団側は2004年12月3日に那須野
 投手と契約金に関する覚書を交わした。当時明治大に在籍
 した一場靖弘投手(現楽天)への現金供与が発覚し、横浜の
 砂原幸雄オーナー(当時)が引責辞任した約1カ月後だった。
  昨年3月に日産自動車から就任した佐々木社長は「入社
 してすぐに事実を知った。2004年の契約に基づいて行われた
 もので、(支払いを)差し止める気はなかったが、現在は
 遺憾に思っている」と話し、最初に1億3000万円を払い、
 その後今年1月まで、4回に分けて1億円ずつを支払ったと
 説明した。契約金は5回に分け、那須野投手の個人口座に
 振り込まれ、今年1月の支払いが最後だったという。
 佐々木社長は過去5年間について、スカウトへの聞き取りや
 経理書類を基に調査したことも明らかにしたが、詳細に
 ついての説明はしなかった。

 横浜の佐々木球団社長との主な一問一答は次の通り。

 −−契約金額を知ったときの感想は。

 ◆那須野投手くらいになるとこれくらい払わないとしよう
  がなかったのかなと思った。

 −−プロ野球の申し合わせを大幅に超える契約金が
   支払われていた。

 ◆申し合わせをはるかに超える金額を支払い、現在は遺憾
  に思っている。私が来てから昨年末と今年1月に支払った。

 −−那須野投手の処分は?

 ◆全く選手には責任はない。ペナルティーを科すことは
  考えていない。

 −−那須野投手が学生時代に球団と接触があったのではないか。

 ◆知りません。

 −−今後の対応は?

 ◆西武の(裏金問題に関する)最終報告を参考にさせて頂きたい。
  最終報告を受けて12球団で話し合いを持つとうかがっている。
  契約金の持つ意味も含めて全体で話し合い、それに従いたい
  と思う。2005年以降のドラフトでは、申し合わせ金額を
  超えた契約金を払った事実はない。

 −−今回も含め、過去の入団について調査はしたのか。

 ◆過去の契約金がどう支払われていたか調査した。

 −−栄養費などもか。

 ◆西武のように27年ではないが、過去5年間について調査した。
  (西武の裏金問題が発覚してから)本格的にはそうです。

 −−那須野投手の入団交渉の際に契約金を交渉材料に使ったか?

 ◆スカウトにそこまでは確認していない。

 また、那須野投手の出身大学である日大監督が横浜に高額の
 謝礼金を要求し、3000万円が同監督に渡ったとの報道が
 あったことについて、同社長は「契約金が(その後)どういう
 ふうに動いたかは球団は把握していない」と話すにとどまった。
 一方、全日本大学野球連盟は11日、那須野投手の契約金の
 うち3000万円が日大の鈴木博識(ひろし)監督に渡った
 とする一部報道について、日大が加盟する東都大学野球連盟
 に調査を指示した。
 那須野投手は東京・駒場学園高から日大を経て2004年秋の
 ドラフトの自由獲得枠で横浜入団。昨年までの通算成績は
 24試合に登板、4勝10敗、防御率4.83。今季1勝を挙げている。

 ■「最高標準額」というあいまいな表現は、独占禁止法(独禁法)
  との関連による。1993年のドラフト改革の際、プロ野球実行委
  が公正取引委員会に照会したところ、上限を明確にルール化する
  ことは独禁法第3条の「不当な取引制限の禁止」に抵触する
  可能性があるとわかった。このため最高標準額を1億円と申し
  合わせたものの、「あくまで標準額で、上限ではない」とする
  にとどまり、それを超えた場合の罰則も設けられていない。
   1993年のドラフトでは1億6000万円を最高に、契約金1億円
  を超える新人が15人を数え、吉国一郎コミッショナー(当時)
  が遺憾の意を表明。翌1994年、最高5000万円までの第2次
  契約金(後払いの出来高)を設けた。
  しかし、その後も有力新人の契約金は青天井だったことになる。」
*********************************************
予想通り、他球団もやっていた>裏金問題。
個人的にはやっていない所はないと予想しているが、その【膿】
が全部出てくるか?については疑問ですね。
横浜ベイスターズの当時の那須野選手のスカウト担当の中塚
スカウトは

【契約金の上限は内規であり、それが5億でも法的には問題がない】

と【倫理行動宣言】の決まりなど、事実上は制約はないんだとも
受け取れる発言を聞くと、この問題の根の深さがわかる・・。

【2004年の契約なので逆に契約不履行になる】

と弁明していたが、それは話が違うだろう・・(笑)
さらに、2004年8月に明治大・一場選手(現楽天)は現金供与問題
が発覚したが、那須野選手は一場選手とは【同期】である。
この問題を当然知りながら、2007年の1月までもらい続けていた
悪質さ・・。
この部分からも横浜&那須野当人同士の頭の中は、それは【当然】
であり【悪い】事ではないと思っていなかったという事がハッキリ
する。

しかし、今度は球団&選手だけの問題ではなく、那須野選手への
1回目の支払の1億3000万円のうち、3000万円は日大の鈴木監督
に渡ったかもしれないという別次元の問題の浮上・・。
横浜ベイスターズ側は

【口座に振り込んだ後のお金の行方は知らない】

としている。という事は那須野選手の口座に振り込まれた時点で、
那須野選手の所得になる。よって、那須野選手→鈴木監督に
渡っていれば、当然、鈴木監督は【贈与税】を払わなくては
いけない。払っていなければ鈴木監督は【脱税】した事になる。
でも、逆に鈴木監督が【贈与税】を払っているならば、監督に
お金がいっていた事になる。いずれにしても、鈴木監督は説明を
しなくてはいけない。

那須野選手も契約とはいえ、【悪い】事であるとわかったら、
もらわないという事ができた。が、つい最近の最終振込の
2007年の1月まで貰い続けていた。
ここは那須野選手は大人として

【大変お騒がせいたしましたことを、深くおわび申し上げます。
 これから自分ができることは、プロ野球選手としてグラウンド
 上で精いっぱいのプレーで結果を出すことです】

という、虫の良い話だけでは済まないだろう・・。
そのもらい続けた行動からも【心から深くお詫びしている】とは
心の底からは思っていないとしか映らない・・。

良い例えが見つからないが、【株】の世界で考えると、

【インサイダー取引という悪い行為になる内容だったが、前に
 教えるって契約をしちゃったから話した。教えて貰う方も、
 インサイダー取引という悪い行為になる内容だったが、
 2007年の1月まで契約だし、教えてもらっていた】

みたいな話で

【大変お騒がせいたしましたことを、深くおわび申し上げます。
 これから自分ができることは、今後の株式市場で僕のトレード
 で結果を出す事です】

なんて言い訳が通用する訳がない・・。
球団も選手もこの位頭の中がズレているのだ・・。

壮絶な嫌悪感

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***************
代理出産でもうけた双子の男児(3)の出生届を受理するよう東京都品川区に求め、先月23日の最高裁決定で申し立てを退けられたタレントの向井亜紀さん(42)と元プロレスラーの高田延彦さん(45)夫妻が11日、東京都内で記者会見した。
 向井さんは「海外での代理出産を日本の法律で縛ることはできない。経験者の声を聞いて、生まれた子供をどう受け入れるか早く決めてほしい」と早急な
法整備を求めた。
 高田さんは最高裁決定を「受け入れられるものではない」と批判。向井さんも「がっかりしたし怒りも覚えた。国内で代理出産が認められるには、とても時間がかかると思う」と語った。会見では、法務省から高田さんを父、代理母を母とする出生届を2週間以内に出せば双子に日本国籍を付与すると連絡を受けたことも明かした。夫妻は「代理母との契約に反する」などとして期限(11日)までに提出しなかったという。双子の生活に「今のところ大きな問題はない」が、将来的にはアメリカ移住も検討するという。実の親子関係に近い特別養子縁組については「ハードルが高く、できるかどうか分からない」と述べた。
***************
この件の関しては、2007年3月30日(金曜日)
https://www.hearts.jp/user-cgi-bin/diarypro/diary.cgi?no=894&continue=on#continue
の所で長々と詳しく書いたので、簡単に
サラっと書くが、今回、嫌悪感を感じて
いるのは、そもそも

【できちゃった婚】

方式を用いている点が非常に気に入らない。
親の所へ来て、親を

【お腹の子供はどんどん大きくなるんだ!
 結婚を認めろ!】

と、もうイヤでも賛成するしかない立場
に追い込むのと同等の脅迫的な要素
を含んでいる・・で、認めてくれないので、
勝手に怒っている

【バカップル】

みたいな・・。
日本では代理出産は認められて
いない事、法の壁が厚い事を、
ちゃんと向井・高田夫妻は事前に
知っていた・・。

そして、今回の判決、間違えては
いけないのは、最高裁も【鬼】のような
判決を出した訳でもなく、別に実の
親子関係を否定している訳ではない。
ただ、申し訳ないが、現行民法
(今の法律)では今の所、認めるのは
難しいと言っている。

【実親子関係を認めることが
 子の福祉にかなうかもしれない】

とも認めているし

【代理出産という民法の想定して
 いない事態が生じており、 立法に
 よる速やかな対応が強く望まれる】

という、早くなんとかしなさいよ!政府!
という感じで、立法の対応の遅さの
指摘もきちんと判決の中で言っている。
裁判所としては人情的には認めて
やりたいのはやまやまだが、裁判所が
法律を守らなければ、

【裁判所の存在意義】

さらには

【法律そのものの存在意義】

がなくなってしまう。
今のルールがあり、そのルールを
誰の許可も無く、 今日からこの
ルールに変更!という事はできない。
やはり法律を守る事が最高裁の
姿勢である!という事で、最高裁は
精一杯頑張った・・。

しかし、向井・高田夫妻は何度この
判決文を読んでも怒りを覚えたと
記者会見した・・。
さらに、向井・高田夫妻と双子を
特別養子縁組することもできると
指摘した事を、できもしない事を
提案された主旨の発言をした事、
以前に、

【私が母親でなくても構わないんです】

と言っていたのに、今や子供が
手に入った事により、自分の発言を
変えている事、全てにおいて
やはりおかしい・・この2人・・。

本来、向井・高田夫妻がやるべき
事は、最高裁に文句や怒りを
ぶつけるのではなく、政府や
立法府にそういう時代遅れだと
最高裁にさえ指摘されている
法律の改正を、今回の記者会見
の場で、マスコミをつかって、
世論を押し上げる形でお願いする
のが正しい姿だと思うんだよね・・。

最後に高田さんの方が【遺言】の
事を持ち出してきた・・悪いが、
本当に子供の事を考えるなら、
自分たちの親子関係認めてくれて
いるアメリカに行けば全て解決する
のにそれはやらない・・。

向井・高田夫妻は日本で無くては
今の収入を維持できないからね・・。
でもさ、本気で子供の事を
考えるなら何でもできるはず・・。
自分が今の向井・高田夫妻なら、
生活が厳しくても子供のために
アメリカで暮らす。

だって、このまま日本にいたって、
これだけ騒がせた渦中の子供と
位置づけられてしまう事、有名人の
子供である事、さらに、代理出産で
産まれた子供である事・・。

この3点をふまえただけでも、この
低モラルのご時世、この先、子供達
が差別的な目にさらされ、最悪は
いじめられたりする事は安易に
想像できるからね。

親2人は納得しての代理出産でも、
日本に居続ける事によって、子供達
は差別的な目にさらされ、最悪は
いじめられたりするのが何でだか
わからない。
それの方がよっぽどかわいそうだ・・。
この先、親子関係を日本でも認め
られたとしてもね・・。
全てにおいての【わがまま】な
記者会見に壮絶な嫌悪感を感じた。

でも、悪な考えを述べるならば、
この夫婦、最初からマスコミなど
使わずに、他の人のように内緒で
代理出産し、医者をお金でなんとか
して、自分たちが産んだ事にする
手もあったのにね・・。

子の幸せを願うなら、それが一番
だったと思うけど、マスコミを使い、
私生活を売りさばいて、お金を得た
ツケが今まわって来た・・。
きっと自分たちがムーブメントとなり、
裁判所も人情を汲み取って、認めて
くれ、法の改正も加速度的に進む
だろうというあまい公算もあったん
だろうけど・・。

それが今、裏目裏目に出た。

因果応報という言葉になってしまう
のかな・・。
ってちょっと違うか・・(^-^;

入浴後のタオル、何回で洗う?

******************************************************
入浴後に使用したバスタオルは1回で洗うか、否か。どう考えても
居酒屋あたりでやる議論だろうという正論はさておき、れっきとした
企画会議で討論され、調査を依頼されたので、ここに発表したい。

■入浴後のタオル、何回で洗う?■
1)1回         39%
2)3〜5回        26%
3)2回         16%
4)1週間以上使い続ける 13%
5)それ以上使う      5%

アンケート結果は下記ランキングを参照してもらうとして「1回使ったら
洗う」がいちおう主流派を占めた。股間を拭いたものをまた使うのか、
という主張には確かに説得力がある。1回派が全体の39%という数値は
意外に少ないといえるだろう。
対して、1回以上使う派の根拠は、キチンと洗い流して、清潔になった
体の水を拭き取るだけなのだから問題はないというもの。
そもそもかさばるバスタオルを何回も洗う時間がない、という意識が
根底にあるのだろう。
とくに土日を洗濯にあてる者にとっては合理性を優先した結果、
強引に先の根拠をひねりだした可能性は高い。
それでは、ここで日本でもっともタオル製品を生産する愛媛県今治市の
四国タオル工業組合の方に意見を聞いてみよう。
「水分を含んだタオルは、多少なりとも雑菌が繁殖します。天日干し
 ならともかく、何日も部屋干しするのはオススメしませんね。
 最近は光触媒や竹の繊維を使った抗菌効果があるタオルもあるので、
 それを使うのも効果的ですが、やっぱり洗った清潔なタオルの方が
 気持ちがいいでしょう? まあ、清潔感には個人差がありますので
 正しい使用法をひとくちにはいえませんけど…」
確かに仕事が忙しく、洗濯してくれる家族がいない単身者なら、数回
使い回すのはギリギリセーフかもしれない。
しかし、1週間以上使い続ける猛者が2割弱いるのはなかなか衝撃的
な事実である。これからの梅雨の季節は特に注意されたい。
自分のタオルは洗わないくせに、人の家に泊まると洗濯済みのタオルを
要求するお方も多いですから。そして何度も自分で使ったタオルを
平気で他人に渡すお方も・・ってそれは俺ですが。どちらもマナー
としてギリギリアウトなので気をつけましょうね!(R25編集部)
******************************************************
おもしろい!(笑)
ちなみに自分は(2)だ。その根拠も、

【キチンと洗い流して、清潔になった体の水を拭き取るだけなのだから
 問題はない】

と、まさに文中に出ている論理と一緒だ。(笑)
でも、【部屋干し】というより、窓をガンガン開けた【風呂場干し】
なので、3日もすると確かに【くさい】。(爆)●〜*
そうなると個人的には洗い時の位置づけ・・(^-^;
でも、それ以上に、なんか、汚れてもいないようなものを毎日洗濯かごに
入れて

【洗え!】

いうのも妻に悪い気がしているというのも根底にはあるんですが、
R25編集部ではふれていななぁ・・。(笑)
しかし、その後自分は【バスロープ】を汗が引くまで羽織っている
のですが、これは1週間以上洗わないのですが、やっぱ汗が出ている
のだからまずいのかなぁ・・
でもこっちは臭くならないんですが・・(爆)●〜*

せめて次の駅くらいまでは・・(^-^; 

ファイル 899-1.jpg

「さいたま市見沼区に住む全盲の男性(41)は毎週1回、持病の
 療養施設に通うため東武野田線の七里−大宮間を利用する。
 同線は2005年6月以降、平日の早朝から午前9時まで、6両編成のうち
 最後尾1両を女性専用車両とした。
 1年半ほど前、何気なく電車に乗ったところ、【ここは女性しか
 乗れませんよ】と女性客に注意された。冷たい空気が車両に広がった。
 恥ずかしくて逃げ出したくなったが、満員で身動きも取れない。
 揺れる電車の中でじっと耐えた。
 この時以来、男性はヘルパーを駅まで同伴して確実に一般車両に
 乗ることにしている。女性専用車両は、京王電鉄が2001年3月に
 導入したのを皮切りに鉄道各社が取り入れるようになり、現在は
 JR東日本や西日本、全国の私鉄15社が朝夕のラッシュ時に運行中だ。
 痴漢対策が主な目的だが、交通弱者にも配慮して、障害者や女性に
 介護されている男性も乗車可能になった。
 しかし、こうしたルールはあまり知られていない。日本盲人会連合の
 時任基清副会長は【我々は急いでいたり、普段使わない路線を使う
 場合、つい間違えて乗ってしまう。鉄道事業者が『障害者は乗車できる』
 と車内放送するだけでも十分な対策になるのだが・・・】と提言する。
 【車内放送は駅間が短くて難しい面がある】と漏らす鉄道会社の担当者
 もいるが、全国の私鉄71社が加入する日本民営鉄道協会は【障害者も
 乗れることを放送やステッカーで積極的には知らせておらず、確かに
 対応不足。今後、一般に周知するよう取り組みたい】と話す。」

いやいや、不勉強ながら

【女性専用車両に障害者は男性でも乗車できる】

とは知らなかった・・(^-^;
確かに、休みの日くらいしか電車に乗らない自分などは、このように
知らない・・こうしたたまにしか乗らない人間でなく、 今回は毎日
通勤している女性達が知らないというのだから、鉄道会社の告知不足を
問われても仕方ないだろう・・。
【車内放送は駅間が短くて難しい面がある】との鉄道会社の担当者の話
が書いてあるが、今や車内ではiPodとか聞いていてそんなの聞いちゃ
いませんから、ホームにデカデカと告知されているピンクの
【女性専用車両案内】に

【障害者の場合は男性乗車可能】

と初めから書いておけばいいし、車内の【女性専用車両案内】にも
同様の措置(右の写真)を取らないと認知は難しいだろう。
自分は左の写真の【女性専用車両案内】は見てるけど、右の写真の
ような【女性専用車両案内】は見た事がないです・・(^-^;

自分も、女性専用車両ではないが、まだ【シルバーシート】の時に
車内でそこだけ空いていたので座った時に、隣に座っていたおじいさんに

【ここは君のような若い人が座る場所ではない!】

と叱られた。だから、自分は

【いえいえ、おじいさん、この席は空いている時は誰が座っても
 いいんですよ。ただ年配者や障害者や体調の悪い方、妊婦の方などが
 いらした時には優先的に譲り、座って頂く席なんですよ。】

と教えたら、ものすごい剣幕で

【若い人間が座る場所ではない!】

の一点張りでとりつく島がなかった。(笑)
やはり、このケースも今回のケースと同じで、

【シルバーシート=老人シート】

というように、どこかに説明がないと個人個人で勝手に解釈されて
一人歩きしてしまう。
人間は一度思い込むとなかなかそこからは抜けられませんからね。

にしても、1人、2人男性が入って来たってイイじゃねかよなぁ。
そりゃ、次の駅でも出ていかないとか、あきらかに女装している
気持ち悪いオヤジとかなら別だけど、ほとんどのケースは
【間違えて】なんだからさぁ・・。
乗り込んでしまった場合、言われるまでもなく、男性自身が間違いなく
【やばい・・(^-^;】って感じていますから女性達も【大らかな心】で、
せめて次の駅くらいまでは【罵る】のはセーブして欲しいね。(笑)
そして、そもそも【女性専用車両】という名称自体に問題がある
という事も露呈したという事だ。



イワツバメ捕獲・箱根のホテル書類送検

ファイル 898-2.jpg

以前に書いていたやつを忘れて
いました・・(^-^;
ちょっと古いネタですが・・。
************************
神奈川県箱根町の有名ホテル「箱根ホテル」で、保護鳥のイワツバメのひな21羽を捕獲したとして、県警生活経済課は1月5日、箱根ホテル支配人(57)ら4人と同ホテルを経営する法人としての富士屋ホテル(同町)、撤去作業をした建設会社を鳥獣保護法違反の疑いで書類送検した。
************************
経緯としては、どうやら、箱根町箱根にある
老舗ホテルの「箱根ホテル」が、客からの

【糞(フン)が汚い】

という苦情を受けていた事や、外壁に看板を
取り付ける都合で、2006年6月30日に
ラウンジ出入り口上部に子育て中だった

【約40個近くあったツバメの巣】

を工務店に依頼して片っ端から撤去し、
巣の中に抱卵中だった卵と生きているヒナ
40羽ほどを土嚢袋に入れて無惨にも裏山
に廃棄していた事がわかったというもの・・。

色々調べてみると、「箱根ホテル」側の
気持ちが、同じサービス業として大いに
わかる・・。

ツバメというのは成鳥に近い子供は排泄を
するために常に尾尻を外に出して巣の縁に
止まっているそうで、このフンの量が本当に
半端ではないとの事・・。

観察すると、1羽が1〜2分に1回、エサを
与え、2羽でその倍の量・・仮に1分で1回
としても、

【10時間で6000回転〜1000回転】

エサを与えるそうだ・・(◎_◎;
しかし、与えられたエサは当たり前だが
フンとして【排泄】される事になるわけだが、
これがあっと言う間にコンクリートの床に
盛り上がるそうだ・・(^-^;

例えば、その30センチ四方こんもり盛り
上がったフンを清掃したとする。
しかし、その2時間後に行くと、さっきと
同じ量の糞が同じ場所で盛り上がって
いるという驚異さだけでなく、さらに、
ホテル周辺はヒナの産卵時にはフンの
すごい悪臭が漂っていたそうだ。

このレベルの巣が約40個・・ホテルの
顔とも言えるラウンジ出入り口上部で
お客様が必ず通る所・・。
やっと旅からたどりついたお客様の頭の
上や服の上にフンがポトっと落ちる・・
フンのすごい悪臭が漂っている・・
実際、休みを利用して癒されにきた観光客
からすればどれも大変迷惑な事・・。

さあ、あなたがホテル側の人間だったら
どうする?

個人的には、自分がそのホテルの社長
だったら迷わず

【排除する】

であろう・・。
お客様中心のサービス業としては当然で
ある・・しかし、自分も恥ずかしながら
【鳥獣保護法】の中において

【営巣中の巣を人が勝手に取り払うことは法律で禁止されている(ヒナがいた場合は捕獲の許可が必要)】

という事を知りませんでした。(^-^;

でもね、つくづくこうした法律って本当に
おかしいと思うし、非難する人間達も
【偽善】だと思うんだよね・・。
ツバメだとこうして、法律が適用されて、
騒がれてホテルが非難される・・。
今回、法律に触れている事を知らないでの
巣の排除もそうだが、巣の中に抱卵中だった
卵と生きているヒナ40羽ほどを【土嚢袋】に
入れて生きたまま裏山に廃棄したという

【生き物を粗末にした手法】

が非難されている・・。

確かに【残酷】だ・・。

でも、上記のツバメ事件が残酷なら
【ハチの巣】の撤去はどうなのよ?
【ハチの巣】の中にはかわいいハチの子が
数十匹、いや、数百匹いて、親のハチが餌を
与えているのに、殺虫剤かけて親のハチを
殺してさぁ・・ゴミ袋に入れて捨てません?
少なくとも、うちにできた【ハチの巣】2つは
上記のように殺し、ゴミ袋に入れて
捨てましたよ!!

【ツバメの巣】は法律に触れるから【残酷】で、
【ハチの巣】は法律に触れないから
【残酷じゃない】のか?
どちらも、ツバメの抱卵中だった卵と生きて
いるヒナ同様、ハチの卵とハチの子だって
生きている・・でも、無惨にゴミ袋に入れて
捨てるじゃないか?
鳥と虫、命の重さの違いはどこなんだ?

悪いが、所詮、きれい事を言っても

【人間の都合で全てが動いている】

以上は人間が中心になるのは仕方のない事。

【ツバメ】と【お客様】どっちが大切か?と
聞かれてどっちかと選択をしなければ
ならないなら、どう考えても自分なら

【お客様】

である・・。
悪いが、お客様に迷惑がかかる以上、
【ハチの巣】と【ツバメの巣】は、どちらも
サービス業にとっては【悪】なのだ・・。
そして、結局の所、この世の中で、一番排除
されなければならないのは本当は自分も含め

【人間というエゴイスト】

である事も確かなのだ・・。

今季ラストスキー

ファイル 897-1.jpg

昨日は、定休日なので、今シーズンの滑りおさめ・・。
って、2回しか行っていませんが・・(^-^; w
今や、営業している所、全面滑走できる所、積雪量2mを超えている所
(1m以下のスキー場は信用ならないw)というと、

【かぐらみつまた】【丸沼高原】

くらいしかない。ギリギリまで、【かぐらみつまた】と【丸沼高原】の
スキー場の天候を吟味、深夜の天気予報で【かぐらみつまた】は
1日中【雪】の予報だが【丸沼高原】は【雪/曇】との事で【丸沼高原】へ・・。
10年ぶり位の場所だが、ロープーウェイが出来ていたりしてちょっと
カルチャーショック・・w
さらに200〜300m位のコブ斜面もありコブ斜面好きの自分はニンマリ!
予報よりも良い具合の天気で午後には晴れてきたので滑り納めには満足。
しかし、調子に乗っていたら、最後は足がつった・・_| ̄|○
ダメダメです・・(爆)●〜*

【本当のお馬鹿さん】だった・・(笑)

ファイル 896-2.jpg

********************************
「昨年2月、当時17歳で喫煙が発覚し謹慎生活を送っている元【モーニング娘。】の加護亜依(19)に25日、またもや“喫煙疑惑”が持ち上がった。
 26日発売の「週刊現代」が報じているもので、記事によると、加護は18歳年上の男性との温泉旅行中に一服したという。現段階で所属事務所は【ノーコメント】としているが、事実なら謹慎中に同じ過ちを繰り返したことになり、このまま引退となる可能性もある。 芸能活動への復帰を目指していた加護は最近、所属事務所で“お茶くみ修業”の日々を送っていたという。
 記事によると、新たな喫煙が目撃されたのは今月18日。群馬・草津温泉から東京へと戻る車の中だった。加護は、有名カフェ店オーナーの男性(37)の運転する車の助手席で、たばこをくゆらせていたという。2人は旅行中、1泊25000円の特別室に宿泊し、人目を避けて部屋で食事。同誌の直撃に、男性は【彼女のいとこ】と答えたという。ただ、恋愛は自由としても、謹慎中にとった加護の行動は、あまりにも軽率だったかもしれない。所属事務所は26日、加護さんとの契約を解除すると発表した。
 【一部週刊誌で、喫煙の目撃情報が報じられ、本人が事実と認め、今回で2度目ということもあり、復帰は断念することにした】と説明。」
********************************
と、自業自得とはいえ、もったいないね・・(-_-;)
当時、【モーニング娘。】の時代も、色々な番組でみかける
【勉強ができない姿】にも唖然としたが、タバコで人生を
変えてしまうとは、最後の最後まで

【本当のお馬鹿さん】

だったね・・(笑)
そりゃ、その辺の女子高生も堂々と吸っているから、目くじら
を立てなくてもと思うが、やはり【有名】である事の大きさ・・。
有名カフェ(soma)のオーナーの石本靖幸氏(37)も
ひとまわりも違う【大人】という立場、【オーナー】という
立場と、どれにおいても、せめて【公然で吸わせない】位の
【大人の対応】しなくちゃな・・。
この【オーナー】も加護ちゃんと同等の【お馬鹿さん】だな・・(笑)
酒もタバコも好奇心がある年齢だから気持ちはわかるのよ。
でもね、謹慎の身である事、有名人で周りは見張っている
事は19歳なんだから理解しないとね。
しかし、そんなにタバコ吸いたいのかね?
吸わない人間からすると、全くわからん・・┐('〜`;)┌

それはそうと、加護ちゃんの今後・・。
実際には【アイドル】としての復帰は難しいでしょうね。
あとは頭が切れれば、バラエティで【たばこ自虐ネタ】
とかで生き返れるかもしれないけど、加護ちゃんの
今までをブラウン管で見る限りではちょっと難しそう
ですね。(笑)
ただ、相方の辻ちゃんは誰よりも信じて待っていたと
思うから、加護ちゃんよりも、かなりかわいそうな気が
します・・。
事務所や辻ちゃんを含め周りの人間達の悲しみを
感じられないとしたならば、加護ちゃんは相当な
バカです・・これから別の人生かもしれないけど
がんばるしかないですね。

でも、来年になって、タバコメーカー、しかもバージニア
スリムから声がかかって、CMで復活したりして・・(笑)
その位、芸能界って【魑魅魍魎】だからね・・(爆)●〜*

出る杭は叩き続けるしかない!

*ご注意* 
今日はちょっと資料を出すのでやたら長いです・・(^-^;

「いわゆる従軍慰安婦問題をめぐり、河野洋平衆院議長
 が元慰安婦への支援活動を行ってきたアジア女性基金
 (理事長・村山富市元首相)のインタビューに【従軍
 慰安婦というもの自体がなかったといわんばかりの
 議論をするのは変だ。全部うそだと議論して騒ぐのは、
 知的に誠実ではない】と語っていることが3月29日 、
 分かった。河野氏は1993年、旧日本軍の関与を認めて
 謝罪する官房長官談話を出しており、最近の談話見直し
 の動きを批判したものだ。
 発言は、同基金が29日に発行した単行本【オーラル
 ヒストリー アジア女性基金】に掲載された。
 河野氏は、政府の元慰安婦16人への聞き取り調査に
 ついて【厳しい目にあった人でなければできないような
 状況説明が次から次へと出てくる】と指摘。【(談話は)
 政治的判断だという方がいるが、そう思っていなかった。
 人間として、きちんとして差し上げなければと思った】
 と談話に至る経緯を語っている。
 自民党などから談話を見直すべきだとの意見が出ている
 ことについては【そういう気持ちはまったくない。
 (同問題を)恥ずかしいことだと受け止めて、今後は
 しないと誓うことの方がよほど勇気のある、正しい行動
 ではないか】と反論している。」

いやいや、河野氏は、

【厳しい目にあった人でなければできないような状況説明
 が次から次へと出てくる】
【(談話は)政治的判断だという方がいるが、そう思って
 いなかった。人間として、きちんとして差し上げなければ
 と思った】

と、またまた証拠もなしに、個人の感情だけで発表した
談話だという事が良くわかる。
河野氏は、自分の発言が国際的にどう利用されるか?
当時は考慮できず、複数国のメディアを利用した
【反日イメージ戦略】にまんまとのってしまった。
もちろん、河野氏個人が、私財でもなげうって謝罪する
なら勝手だが、国として責任を・・となると、根拠を示す
必要がある。
法治国家として、絶対に証拠が無ければいけないのだ。

そして、そんな軽い経緯で先祖を極悪非道な人たちと
位置づけたこの談話が再び、論議となっているだけでなく、
【慰安婦問題】など、もうすでに論破されているのに、
ぶりかえした・・本当にバカバカしい・・。

アメリカでは、

「 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)によると、
 シーファー駐日米大使は3蛾16日、一部記者団に対し、
 太平洋戦争中の従軍慰安婦について【強制的に売春を
 させられたのだと思う。つまり、旧日本軍に強姦された
 ということだ】と語った。 大使は、2月に米下院外交
 委員会の公聴会で証言した元慰安婦を【信じる】と述べ、
 慰安婦が強制的に売春させられたのは【自明の理だ】
 と語った。 また、従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与
 を認め謝罪した1993年の【河野洋平官房長官談話】
 を日本政府が見直すことのないよう期待を示した。
 安倍晋三首相は4月下旬に訪米予定。ロイター通信に
 よると、同大使は、従軍慰安婦問題で首相訪米が
 【台無しにならないよう望んでいる】と述べ、影響を
 懸念した。(ワシントン共同)」

と言うが、

<大元はこれ>
https://www.exordio.com/1939-1945/codex/Documentos/report-49-USA-orig.html
<日本語訳・その下に原文>
https://www.geocities.com/theaterapo689/
(*なくなったり、アドレス変わったりすると困るので、
 下記へコピペします)

**************************************
UNITED STATES OFFICE OF WAR INFORMATION
Psychological Warfare Team
Attached to U.S.Army Forces India-Burma Theator
APO 689

Japanese Prisoner
of War Interrogation
Report No. 49. Place interrogated : Ledo Stookade
Date Interrogated : Aug. 20 - Sept. 10, 1944
Date of Report : October 1, 1944
By : T/3 Alex Yorichi
Prisoners : 20 Korean Comfort Girls
Date of Capture : August 10, 1944
Date of Arrival : August 15, 1994
at Stookade

前書き

このレポートはビルマ、ミーチーナ陥落後1944年8月10日
前後の、掃討作戦により捕らえられた、20人の韓国人
「慰安婦」と、2人の日本民間人の取調べから得られた
情報である。

このレポートは日本人がどのようにして韓国人「慰安婦」
を募集したか、彼女らの生活、仕事の状況、彼女らの
日本軍人に対する関係と反応、そして彼らの軍事情勢
に対する理解度を明らかにする。

「慰安婦」とは、売春婦にすぎない。
もしくは「野営追随プロ」、軍人の利益の為日本陸軍に
付属する。
「慰安婦」と言う言葉は日本人特有のものである。
他のレポートでは「慰安婦」とは日本陸軍が戦う為に
不可欠なものであり、どこでも見受けられると記されている。
このレポートではしかし、日本人に募集され、ビルマにて
彼らの陸軍に付属していた韓国人「慰安婦」のみを扱う
ものである。日本人は1942年、ビルマに703名のこれら
の女性(*1)を送ったと報告している。

*1(原文ではgilrs=主に少女を意味する言葉が使われて
   いるが、後に慰安婦の平均年齢25歳と書かれている
   為、女性と約しました。)

募集:

1942年5月上旬、東南アジアの新しく勝ち得た属領で
「慰安奉仕」をさせる韓国人女性を募集する目的により、
日本人代理業者は韓国に到着した。
この「奉仕」の本質は特定されず、病院の負傷患者の訪問、
包帯を巻いたり、軍人を明るくする事に関連する物と
考えられた。
この代理業者が動機として利用したものは大金、家族の
借金の返済、簡単な仕事、新天地シンガポールで新しい
人生を送れるなどである。この虚偽の説明に基づいて、
多くの女性が海外勤務に志願し、何百円かの前金を受けた。

これらの大部分の女性は無知で、教養が無かった。
しかし、わずかながらだが以前から売春と関連があった
者も居る。彼女らはサインした契約書により、家族の
借金返済の為受けとった前金の金額により、6ヶ月から
1年間、軍規と「舎監(*2)」に束縛された。

おおよそ、800名の女性がこのように集められ、彼女らは
1942年、8月20日前後ラングーンに彼女らの舎監と
降り立った。彼女らは8人から22人のグループで到着した。
ここから彼女らはビルマの各地、大抵は近くに日本陸軍
基地があるまあまあ大きな町へに分散していった。
最終的に4つのグループがミーチーナにたどり着いた。
彼らはキョウエイ、キンスイ、バクシンロ、モモヤマ
であった。キョウエイの一家は「マルヤマクラブ」と
呼ばれていた。が、彼女らがミーチーナに到着した後、
ミーチーナ駐屯地の司令官であるマルヤマ大佐と同じ
名前の為変更された。

*2(ほぼポン引きと同義語)

性格:

取調べでは、平均的韓国人「慰安婦」は約25歳、
無教養、大人気なく、利己的であることを見せる。
彼女は白人の基準からも、日本人の基準からも
可愛くはない。
彼女は自己中心的な傾向があり、自分の事を話すのが
好きである。
彼女の知らない人の前での態度は静かで、控えめだが、
彼女は「男を手玉に取る方法を知っている。」(*3)
彼女は自分の「専門職」が好きでない事を申し立て、
その事や、家族の事に付いて話したがらない。
ミーチーナとレドゥーでの米国軍人から捕虜として
受けた扱いにより、彼女は彼らの方が日本軍人よりも
感情的だと感じている。
彼女は中国とインドの部隊を恐れている。

*3(自分が女である事を利用した悪巧みの方法を
   知っている?いまいち訳しきれてません)

住居と仕事の状況:

ミーチーナで彼女らは大抵大きな2階建ての建物を
宿舎として与えられ(大抵は校舎)、各女性に個別の
部屋が割り当てられ、各々の女性は生活し、睡眠を
とり、業務に勤めた。
ミーチーナでは彼女らの食事は、日本陸軍からの
配給が無い為、舎監によって、準備されそして購入
していた。彼女らはビルマの他の所と比べて高級地
近くに住んでいた。
この事は彼らのビルマ2年目では特にそうである。
彼らは贅沢に暮らした、それは彼女らの食事や物質
は大量には配給されず、彼女らが望む品物を買える
だけの十分なお金を持っていたからである。
彼女らは服、靴、タバコ、そして化粧品を買え、
実家から慰問袋を受け取った多くの軍人から、多くの
プレゼントを貰っていた。

ビルマに留まっている間は将兵と共に、スポーツイベント
に参加したり、ピクニックに出席したり、娯楽、社交
ディナー等で彼女ら自身楽しんだ。
彼女らは蓄音機も持ち、町の中では買い物に行くこと
も許された。

優先システム:

彼女らの業務状態は陸軍規定の元にあり、過密地域では
規則は厳格に実施された。
陸軍は過密地域では金額、優先順位、各種の部隊が
過密して働いてる地域での計画が必要だと考えた。
取調べによると、平均的なシステムは以下の通り。

1 兵士 10AM〜5PM 1.50円 20〜30分
2 NGO 5PM〜9PM  3.00円 30〜40分
3 将校 9PM〜12PM 5.00円 30〜40分

これらは中央ビルマでの平均金額である。将校は12円
で一晩留まる事が許された。
ミーチーナではマルヤマ大佐が平均金額のほぼ半分まで
金額を削減させた。

日程:

兵士はしばしば建物内の混雑に不満を漏らした。
陸軍は長居をする事に対し非常に厳しかった為、多くの
状況で彼らは奉仕を受けずまま去らなければならなかった。
この問題を解決する為に陸軍は特定の曜日を特定の部隊に
割り当てた。大抵1日に付き、部隊から2人が兵士らを
識別する為、建物に駐在した。秩序維持を為に、憲兵も
見回りを勤めた。
下記に記したものがナイミョウに滞在していた間、第18
師団の各種部隊がキョウエイで使用した日程である。

日曜    18師団、司令部、所属
月曜    機甲部隊
火曜    工兵
水曜    休日、毎週の健康診断
木曜    衛生兵
金曜    山岳砲兵部隊
土曜    輸送部隊

将校は週7日来る事が許されていた。
彼女らはこの日程でも過密極まりなく、その為、全ての
客に構っていられないと文句を言い、それ故多くの兵隊に
悪感情をもたらした。

兵士は建物を訪れ、支払いをし、左側に順番、右側
に名前の書かれた約5センチ四方のボール紙の
チケットを受け取る。「彼の順番が来た時」に
各々の兵士の身分、階級が明らかにされる。
彼女らは客を拒否する特権を与えられており、
個人が酷く酔っていた時等、頻繁に行使された。

給料と居住状況:

「舎監」は彼女達が契約した時に被った債務金額に
次第で彼女らの総収入の50〜60%を受け取る。
これによると、月平均で女性は1500円を総収益を
あげ、彼女は750円を「マスター」に返済する事
になる。
多くの「マスター」は食事や品物に高値を付け、
彼女らの生活を困難なものにした。

1943年後半、陸軍は債務を返済した女性へ帰省を
命令し、何人かの女性は寄って、韓国へと帰国した。

この取調べでは彼女らの健康状態も良い事を示している。
彼女らはあらゆる種類の避妊用具を十分に支給され、
しばしば、兵士自身も陸軍から支給された物を持って
来る事があった。彼女らは衛生の問題において客と
自分の世話が出来る様、良く訓練されていた。
かかりつけの日本軍医が週に1回訪れ、病気が
見付かった女性は皆治療を受け、隔離され、最終的には
病院へ送られた。この同じ手順が陸軍内部でも遂行された。
が、興味深い事には兵士は彼が拘束された(*4)期間
の間、給料を失う事は無かった。

*4(病気による隔離、拘束)

日本人兵士への反応:

取調べにより、彼女らと将兵との間柄に置いては、
二つの名前に帰結した。
それらは、ミーチーナ駐屯地の司令官である、あの
マルヤマ大佐と援軍を率いて来たミズカミ少将である。
二人は対照的で、前者は堅物で利己的で冷淡で、部下
への配慮も無い。後者は善良、親切な男で、立派な軍人
であり、彼の元働く部下へも最大の配慮をする。
大佐は彼女らの常連であり、少将が訪れた事は聞かれた
事が無い。
ミーチーナの陥落とともに、マルヤマ大佐は逃亡した
と思われ、一方、ミズカミ少将は、部下を撤退させる
ことができなかった故に自決した。

兵士の反応:

普通の日本軍人は慰安ハウスで見られる事は、ばつの
悪い事のようで、ある女性の言う所によると、「満員で
列に並んで自分の順番を待つのにも恥ずかしがりがち」
しかしながら、極めて多くの結婚の申し込みがあり、
ある場合に置いては実際に結婚した。

全ての女性が彼女らの所へ来た将兵のうち、翌日前線へ
向かう兵士と、酔った物が最悪であると同意した。
しかし同様に、酷く酔った日本人兵士であっても、
彼女らと機密や軍事問題を話題にする者が居ない事にも
同意した。
しかし、女性の方から軍事問題を会話を始めても、将校
又は下士官兵は話さず、むしろ「そのような女性らしく
ない話題について話す事を説教された。
酔っ払ったマルヤマ大佐でさえ決してそのような問題に
ついて話す事は無かった。」

兵士はよく実家からの雑誌や、手紙や、新聞を受け取る
ことをいかに楽しみにしているか表現したと言う。
彼らはまた、缶詰、雑誌、石鹸、ハンカチ、歯ブラシ、
小さな人形、口紅や木製の服(*5)であふれた慰安袋を
受け取った事にも言及した。
口紅と服は女性の物であり、彼女達は何故実家の人達が
そのような物を送るのか理解出来ないが、送り主は彼女
自身か、現地の女かしか受け入れられなかったと憶測する。

*5(ありえないけど、wooden clothes=木製の服と
   書いてあります。)

軍事情勢:

ミーチーナと臨時滑走路への第一攻撃で、町の防衛に
200名を残し、200名の日本人が死亡した。
弾薬は極わずか。

敵の臨時滑走路西への攻撃の前、ミーチーナ周辺に
駐屯していた兵士は北部と西部で攻撃していた味方の
波乱の為、他の場所に派遣された。
約400名が取り残され、第144連隊から大きく孤立した。
どうやらマルヤマ大佐の町が攻撃されるとは思わなかった
ようである。後に、第56師団のミズカミ少尉が
2ヶ連隊以上の増援を率いてきたが、それでも町を
死守する事は出来なかった。

味方の爆撃が強烈で恐ろしかった事は女性達みなの
総意で、そのおかげで、彼女達は塹壕で最後の日の
殆どを過ごした。1、2人はそこでも仕事を営んだ。
慰安ハウスは爆撃を受け、何人かの女性は負傷し
死亡した。

撤退と捕獲:

「慰安婦」の撤退と最終捕獲の話はやや曖昧で彼ら
の心も混乱しており、様々なレポートによると、
下記のような事が起こったようだ。
7月310日の夜、2箇所の「慰安婦達」(バクシンロ
がキンスイに合流)、家族連れ、お手伝い達ら63人
の集団が、イラワジ川を小さなボートで渡りはじめた。
彼らは結局、ウェインマウの近くに上陸し、8月4日まで
留まったがウェインマウには1度もよらなかった。
そこから8月7日に敵との小衝突により仲間と別れる
まで、彼らは兵士の集団の進路に付いていった。
3時間の合間を置き、彼女らは兵士達の後を付いて
行くよう命令されたが、結局兵士や渡った手段の痕跡
を見出せないまま川の堤防に佇む結果となった。
彼らはイギリス将校率いる兵士に8月10日カアヒン
にて捕まるまで、近くの家に留まった。彼らはミーチーナ
に連行され、そこからこのレポートの元となった、
取調べが行われたレドゥー防御柵へと移された。

要望:

彼女達誰一人として、ミーチーナで使用された「拡声器」
を聞いたものは居なかったが、何人かは「ラジオ放送」
に付いて兵士達が口に出すのを小耳に挟んでいる。

彼女らは陸軍が彼女らの捕獲の事を知れば、他の
女性達の命が危険に晒されるので、「慰安婦」の
捕獲の事を伝えるチラシ(*6)を使用しないよう
求められた。
They did think it would be a good idea to utilize the fact of their capture in any droppings planned for Korea. (*7)

*6(投降を訴える為にばらまく物と思われる)
*7(理解出来んす)

**************************************

<英語の原文>

UNITED STATES OFFICE OF WAR INFORMATION
Psychological Warfare Team
Attached to U.S.Army Forces India-Burma Theator
APO 689

Japanese Prisoner
of War Interrogation
Report No. 49. Place interrogated : Ledo Stookade
Date Interrogated : Aug. 20 - Sept. 10, 1944
Date of Report : October 1, 1944
By : T/3 Alex Yorichi
Prisoners : 20 Korean Comfort Girls
Date of Capture : August 10, 1944
Date of Arrival : August 15, 1994
at Stookade


PREFACE

This report is based on the information obtained from the interrogation of twenty Korean "comfort girls" and two Japanese civilians captured around the tenth of August, 1944 in the mopping up operations after the fall of Myitkyin a in Burma.

The report shows how the Japanese recruited these Korean "comfort girls", the conditions under which they lived and worked, their relations with and reaction to to the Japanese soldier, and their understanding of the military situation.

A "comfort girl" is nothing more than a prostitute or "professional camp follower" attached to the Japanese Army for the benefit of the soldiers. The word "comfort girl" is peculiar to the Japanese. Other reports show the "comfort girls" have been found wherever it was necessary for the Japanese Army to fight. This report however deals only with the Korean "comfort girls" recruited by the Japanese and attached to their Army in Burma. The Japanese are reported to have shipped some 703 of these girls to Burma in 1942.


RECRUITING;

Early in May of 1942 Japanese agents arrived in Korea for the purpose of enlisting Korean girls for "comfort service" in newly conquered Japanese territories in Southeast Asia. The nature of this "service" was not specified but it was assumed to be work connected with visiting the wounded in hospitals, rolling bandages, and generally making the soldiers happy. The inducement used by these agents was plenty of money, an opportunity to pay off the family debts, easy work, and the prospect of a new life in a new land, Singapore. On the basis of these false representaions many girls enlisted for overseas duty and were rewared with an advance of a few hundred yen.

The majority of the girls were ignorant and uneducated, although a few had been connected with "oldest profession on earth" before. The contract they signed bound them to Army regulations and to war for the "house master " for a period of from six monthes to a year depending on the family debt for which they were advanced ...

Approximatedly 800 of these girls were recruited in this manner and they landed with their Japanese "house master " at Rangoon around August 20th, 1942. They came in groups of from eight to twenty-two. From here they were distributed to various parts of Burma, usually to fair sized towns near Japanese Army camps.
Eventually four of these units reached the Myitkyina. They were, Kyoei, Kinsui, Bakushinro, and Momoya. The Kyoei house was called the "Maruyama Club", but was changed when the girls reached Myitkyina as Col.Maruyama, commander of the garrison at Myitkyina, objected to the similarity to his name.


PERSONALITY;

The interrogations show the average Korean "comfort girl" to be about twenty five years old, uneducated, childish, and selfish. She is not pretty either by Japanese of Caucasian standards. She is inclined to be egotistical and likes to talk about herself. Her attitude in front of strangers is quiet and demure, but she "knows the wiles of a woman." She claims to dislike her "profession" and would rather not talk either about it or her family. Because of the kind treatment she received as a prisoner from American soldiers at Myitkyina and Ledo, she feels that they are more emotional than Japanese soldiers. She is afraid of Chinese and Indian troops.


LIVING AND WORKING CONDITIONS;

In Myitkyina the girls were usually quartered in a large two story house(usually a school building) with a separate room for each girl. There each girl lived, slept, and transacted business. In Myitkina their food was prepared by and purchased from the "house master" as they received no regular ration from the Japanese Army. They lived in near-luxury in Burma in comparison to other places. This was especially true of their second year in Burma. They lived well because their food and material was not heavily rationed and they had plenty of money with which to purchase desired articles. They were able to buy cloth, shoes, cigarettes, and cosmotics to supplement the many gifts given to them by soldiers who had received "comfort bags" from home.

While in Burma they amused themselves by participating in sports events with both officers and men, and attended picnics, entertainments, and social dinners. They had a phono-graph and in the towns they were allowed to go shopping.


PRIOR SYSTEM;

The conditions under which they transacted business were regulated by the Army, and in congested areas regulations were strictly enforced. The Army found it necessary in congested areas to install a system of prices, priorities, and schedules for the various units operating in a particular areas. According to interregations the average system was as follows ;


1. Soldiers 10 AM to 5 PM 1.50 yen 20 to 30 minutes
2. NGOs 5 PM to 9 PM 3.00 yen 30 to 40 minutes
3. Officers 9 PM to 12 PM 5.00 yen 30 to 40 minutes


These were average prices in Central Burma. Officers were allowed to stay overnight for twenty yen. In Myitkyina Col. Maruyama slashed the prices to almost one-half of the average price.


SCHEDULES :

The soldiers often complained about congestion in the houses. In many situasions they were not served and had to leave as the army was very strict about overstaying . In order to overcome this problem the Army set aside certain days for certain units. Usually two men from the unit for the day were stationed at the house to identify soldiers. A roving MP was also on hand to keep order. Following is the schedule used by the "Kyoei" house for the various units of the 18th Division while at Naymyo.

Sunday −18th Div. Hdqs. Staff
Monday − Cavalry
Thuesday −Engineers
Wednesday − Day off and weekly physical exam.
Thursday − Medios
Friday − Mountain artillery
Saturday − Transport

Officers were allowed to come seven nights a week. The girls complained that even with the schedule congestion was so great that they could not care for all guests, thus causing ill feeling among many of the soldiers.

Soldiers would come to the house, pay the price and get tickets of cardboard about two inches square with the prior on the left side and the name of the house on the other side. Each soldier's identity or rank was then established after which he "took his turn in line". The girls were allowed the prerogative of refusing a customer. This was often done if the person were too drunk.


PAY AND LIVING CONDITIONS;

The "house master" received fifty to sixty per cent of the girls' gross earnigs depending on how much of a de bt each girl had incurred when she signed her contract. This moant that in an average month a girl would gross about fifteen hundred yen. She turned over seven hundred and fifty to the "master". Many "masters" made life very difficult for the girls by charging them high prices for food and other articles.

In the latter part of 1943 the Army issued orders that certain girls who had paid their debt could return home. Some of the girls were thus allowed to return to Korea.

The interrogations further show that the health of these gilrs was good. They were well supplied with all types of contraceptives, and often soldiers would bring their own which had been supplied by the army. They were well trained in looking after both themselves and customers in the matter of hycine. A regular Japanese Army doctor visited the houses once a week and any girl found diseased was given treatment, secluded, and eventually sent to a hospital. This same procedure was carried on within the ranks of the Army itself, but it is interesting to note that a soldier did not lose pay during the period he was confined.


REACTIONS TO JAPANESE SOLDIERS;

In their relations with the Japanese officers and men only two names of any consequence came out of interrogations. They were those of Col. Maruyama, commander of the garrison at Myitkyina. and Maj.Gen.Mizukami, who brought in reinforcements. The two were exact opposites. The former was hard, selfish and repulsive with no consideration for his men; the latter a good, kind man and a fine soldier, with the utmost consideration for those who worked under him. The Colonel was a constant habitue of the houses while the General was never known to have visited them. With the fall of Myitkyina, Col. Maruyama supposedly desorted while Gen. Mizukami committed sucide because he could not evacuate the men.


SOLDIERS REACTIONS;

The average Japanese soldier is embarrassed about being seen in a "comfort house" acoording to one of the girls who said, "when the place is packed he is apt to be ashamed if he has to wait in line for his turn". However there were numerous instances of proposals of marriage and in certain cases marriages actually took place.

All the girls agreed that the worst officers and men who came to see them were those who were drunk and leaving for the front the following day. But all likewise agreed that even though very drunk the Japanese soldier never discussed military matters or secrets with them. Though the girls might start the conversation about some military matter the officer or enlisted man would not talk, but would in fact "scold us for discussing such un-lady like subjects. Even Col.Maru yama when drunk would never discuss such matters."

The soldiers would often express how much they enjoyed receiving magazines, letters and newspapers from home. They also mentioned the receipt of "comfort bags" filled with canned goods, magazines, soap, handkerchiefs, toothbrush, miniature doll, lipstick, and wooden clothes. The lipstick and cloths were feminin and the girls couldn't understand why the people at home were sending such articles. They speculated that the sender could only have had themselves or the "native girls".


MILITARY SITUATION;

"In the initial attack on Myitleyna and the airstrip about two hundred Japanese died in battle, leaving about two hundred to defend the town. Ammunition was very low.

"Col.Maruyama dispersed his men. During the following days the enemy were shooting haphazardly everywhere. It was a waste since they didn't seem to aim at any particular thing. The Japanese soldiers on the other hand had orders to fire one shot at a time and only when they were sure of a hit."

Before the enemy attacked on the west airstrip, soldiers stationed around Myitkyina were dispatched elsewhere, to stom the Allied attack in the North and West. About four hundred men were left behind, largely from the 114th Regiment. Evid ently Col.Maruyama did not expect the town to be attacked. Later Maj.Gen.Mizukami of the 56th Division brought in reinfo rcements of more than two regiments but these were unable to hold the town.

It was the concensus among the girls that Allied bombings were intense and frightening and because of them they spent most of their last days in foxholes. One or two even carried on work there. The comfort houses were bombed and several of the girls were wounded and killed.


RETREAT AND CAPTURE;

The story of the retreat and final capture of the "comfort girls" is somewhat vague and confused in their own minds. From various reports it appears that the following occurred: on the night of July 31st a party of sixty three people including the "comfort girls" of three houses(Bakushinro was merged with Kinsui), families, and helpers, started across the Irrawaddy River in small boats. They eventually landed somewhere near Waingmaw, They stayed there until August 4th, but never entered Waingmaw. From there they followed in the path of a group of soldiers until August 7th when there was a skirmish with the enemy and the party split up. The girls were ordered to follow the soldiers after three hour interval. They did this only to find themselves on the bank of a river with no sign of the soldiers or any mea ns of crossing. They remained in a nearby house until August 10th when they were captured by Kaahin soldiers led by an English officer. They were taken to Myitleyina and then to the Ledo stockado where the interrogation which form the basis of this report took place.


REQUESTS;

None of the girls appeared to have heard the loudspeaker used at Myitkyina but very did overhear the soldiers mention a "radio broadcast"
They asked that leaflets telling of the capture of the "comfort girls" should not be used for it would endanger the lives of other girls if the Army knew of their capture. They did think it would be a good idea to utilise the fact of their capture in any droppings planned for Korea.

**************************************
とここまで!

という事で、アメリカはとっくに、自分の国の軍隊が

○「慰安婦」とは、売春婦にすぎない。
○彼女らは贅沢に暮らした
○彼女らは客を拒否する特権を与えられており、個人が
 酷く酔っていた時等、頻繁に行使された。

などなど、きちんと調べあげており、公的に報告書が
このように作成されているんですよ。
日本の内容はここまで具体的ではないが、日本が主張
している事とほぼ同じで、彼女らはどれだけの相当額
の金銭、物品、良い待遇を受け、日本兵はどれだけ
みじめな立場であったか・・。
体調が悪ければ自国へ帰るよう促され、借金のカタで
きた人間は借金が返済し終われば帰国している。
この報告書からもわかる通り、彼女らは日本で言う
「売春婦」であり、いつでも自分の意志で帰国が出来たのだ。

このように、

【日本軍に強制されて性交渉をしていたのではない】

という資料は、この自国の資料以外にも多数あるのに、
下院議員の主張の裏付けは、これまた彼女らの聞き取り
調査だけなのである。
この問題はアメリカにおける自国の調査資料をみても、
すでに終わっているのだ。
もし、今回の下院議員の主張が正しければ、自国の軍
の報告書は間違っていたと主張している事になる。
なら先に、自国の軍の報告書はデタラメでした。
うちの軍はホント信用できない下等なレベルなんですよ!
すいませんでした!と報告しろつうの!
しかし、アメリカの報告書は色々な部分でリアル
だなぁ・・(-.-)ボソッ(笑)

さあ、今回この下院議員【マイケル・ホンダ議員】が、
なぜ今や論破されている【従軍慰安婦問題】を蒸し返すのか?
簡単に言えば、【左翼】として、特定アジアの支持を
得る事により、一部の圧力団体とその支持が欲しいからである。
ただそれだけのために日本が利用されている。
まあ、アメリカのポチであり、すぐに謝罪する国で、
一番扱いやすい国だから、自分がマイケル・ホンダでも
日本を攻撃するだろうなぁ・・(笑)

さあ、この【マイケル・ホンダ】という人物、こいつが
どのような背景を持った人間か?実は、国際的な圧力組織

【シモンヴィーゼンタールセンター(SWC)】
■シモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)の実態■
https://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc600.html#ex02

という後ろ盾がある。
【SWC】は、一番の政教癒着が激しいくせに、靖国問題で
堂々と政教分離を発言する日本が誇るカルト宗教団体
【創価学会】とも手を結んでいる。
さらに、元々、活動していたナチスドイツの戦争犯罪に
とどまらず、アイリス・チャンの嘘だらけの本

【レイプオブ南京】

を強烈にプッシュしている事でも有名で、それをきっかけに
【従軍慰安婦問題】や【日本軍の戦争犯罪】 にまで口を
出すようになっていった。
この団体のためにも【マイケル・ホンダ】が、こうした
行動を続けなければいけない背景も、我々は理解しない
といけない。
現時点ではこの問題を推進しているのは 【アメリカ政府全体】
ではなく

【「左翼」として、特定アジアの支持を得る事により、
 一部の圧力団体とその支持が欲しい政治家】

が仕組んで行って いるという事である。

日本がやるべき事は、ただひとつ、何度も言うが、

【従軍慰安婦の強制連行の事実などない!あるというのなら
 証拠を出してみろ!】

という事を胸を張って主張すればよい。
そして、ここで【従軍慰安婦問題】などという論破できる
案件に関しては、出る杭は叩き続け、日本には通用しない
という事を見せしめなくてはいけない。
ただ、今の日本政府にそれができるのか?ここだけは
いつも頭が痛いのだが・・( >_<) 

代理出産・最高裁が実子とは認めず

********************************
「タレントの向井亜紀さん(42)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻が、米国での代理出産でもうけた双子の男児(3)の出生届を受理するよう東京都品川区に求めた家事審判で、最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は23日、受理を命じた東京高裁決定を破棄し、申し立てを退けた。出生届の不受理が確定した。
 決定は【現行民法の解釈としては、女性が出産していなければ卵子を提供した場合でも法的な母子関係は認められない】との初判断を示した。決定は4裁判官全員一致の意見。代理出産の適否には言及せず【今後も民法が想定していない事態が生じることが予想され、立法による速やかな対応が強く望まれる】と異例の言及をした。
 夫の精子と妻以外の女性の卵子を使った【代理母】のケースでは、最高裁が2005年に法的な実の親子関係を認めない決定を出していた。今回は夫妻の精子と卵子を使う【借り腹】と呼ばれる方法で、判断が異なる可能性もあったが、いずれも認められないことになった。夫妻は米国で代理出産を試み、2003年11月に双子が生まれた。米国ネバダ州の裁判所は夫妻を法的な実の親と認めており、審判では、この裁判の効力が日本で認められるかが争点となった。第2小法廷は【日本の法秩序の基本原則や基本理念と相いれない外国判決は公の秩序に反して無効】とした1997年判例を踏まえ、ネバダ州裁判の効力を検討。【民法が定める場合に限って親子関係を認めるのが法の趣旨】とした上で【民法が認めていない場合に親子関係の成立を認める外国の裁判は公の秩序に反する】との判断を示した。
 その上で【出産した女性が母親】とした1962年判例を引用。【親子関係は公益と子の福祉に深くかかわるため、一義的で明確な基準により決められるべきだが、民法には子供を出産していない女性を母と認めるような規定がなく、母子関係は認められない】と述べ、効力を否定した。双子は【保護者同居人が日本人】という在留資格を得て日本で夫妻に育てられている。実の親子関係に近い【特別養子縁組】が認められるなどすれば、日常生活に大きな支障はないとみられる。」
********************************
感情論を無しにして論じるならば、至極まっとうな判断が
至極当たり前になされただけである。
確かに、今の海外も含めた医療技術の向上と、現民法
の規定との差は大きい。
しかし、そうである事は高田・向井夫妻は最初から
わかっていたはずである。
それなのに、向井さんの

【保守的な判決が出るのは予想出来た】

という発言はガッカリだ。
【既成事実をつくってしまえば勝ち】という事を認めろ!
という行動を認めなかった裁判所は【保守的】と言って
いる訳で、決して【革新的】ではなく、単なる【わがまま】・・。

そもそも東京高裁判決が異常だっただけで、どう考えても、
最高裁ではこの判決が出る事はわかっていた。
自分の【わがまま】通りでない判決を【保守的】と批判する
とは、やはり甘えているとしか言いようがない。

さらに、テレビのコメンテーターなども

【時代遅れの判決だ】
【裁判所の判断はおかしい】

と的はずれな発言も多い・・。
そうやって裁判所に文句を言うのは、悪いが【筋違い】だ。
なぜなら、裁判所は【法律の解釈・適用を行う所】であり、
【法律を立法する所】ではない。
今回、代理母出産について、国民的な論議が深まって
いないという事をみても、最高裁としてつっこんだ判断
をしてしまうと【最高裁の判決事例】として一般的な
解釈になり、立法されていないのに、まるで立法したか
のごとく勝手に一人歩きする重さがある。
そこを考えても、今回の最高裁の判決は正しいのだ。

しかし、今回の判決、間違えてはいけないのは、最高裁
は別に実の親子関係を否定している訳ではない。
現行民法(法律)では認めるのは難しいと言っているのだ。
その証拠に、

【実親子関係を認めることが子の福祉にかなうかもしれない】

とも認めているし

【代理出産という民法の想定していない事態が生じており、
 立法による速やかな対応が強く望まれる】

という立法の対応の遅さの指摘もきちんと言及している。
裁判所としては認めてやりたいのはやまやまだが、やはり
法律に準じる事が最高裁の姿勢である!と精一杯頑張った
感じは、【言及】の部分でヒシヒシと感じる。

それに、そもそも裁判所が法律を守らなければ、

【裁判所の存在意義】

さらには

【法律そのものの存在意義】

がなくなってしまう。
やはり、今のルールがあり、そのルールを誰の許可も無く、
今日からこのルールに変更!という事はできないのは
当たり前である。
この判決をふまえ、こうした方法でしか子を得る方法が
ない人たちがいる事、またそれが少子化対策の一端を
担う事を含め、国会で論議される事を望むしか今は
できないのである。

【生まれてくる子どもに罪はない。子供為にも・・】

と論点をずらす輩もいるが、それは裁判所が悪いのでは
なく、実子になる事はできない現行の法律を知りながら
勝手に産んだ親、 高田・向井夫妻が悪い・・。
と、ここまでは感情論を抜きでの話・・。

実際問題、成長する場所に他人の子宮を借りたが、
【血縁】的には親子。産んだはいいが、育てていけない
という事で、親の手を離れ、祖父母に育てられたケース
の場合、祖父母は【親】にはなりえず、やはり【血縁】で
ある実際の両親が【親】である。
このケースと高田・向井夫妻のケースと何が違うのか?
産まれているか?産まれていないか?だけの差である事
を考えると、感情的には高田・向井夫妻の主張を認めて
あげても良いような気はする。
と同時に、これだけ騒がせた渦中の子供と位置づけ
られてしまう事、有名人の子供である事、さらに、
代理出産で産まれた子供である事・・。
この3点をふまえただけでも、この低モラルのご時世、
この先、子供達が差別的な目にさらされる

【針のむしろ】

である事は安易に想像できる・・。
仮に「なぜ、私達はいじめられるの?」となった時に、
この親はきちんと子供達に話す事ができるのだろうか?
個人的には、子供はかなりかわいそうな気がする・・。

しかし、向井さんは癌が見つかり、手術で摘出した
直後のインタビューでは、

【高田の遺伝子を残さないのは偉大なプロレスラーの
 妻として失格。だから私は、子宮を摘出しなければ
 ならないと分かった時、高田にこう言ったんです。
 「よそで愛人作ってきていいからね」と。
 「もしその人との間に子供が出来たら、私が引き取って
 育ててもいいから」って。高田の遺伝子を残せるなら、
 私が母親でなくても構わないんです】

【私が母親でなくても構わないんです】

って言ってたんですよねぇ・・。(^-^;

さらに、

【私がこうして全てを公開しているのは、世の不妊に
 悩む女性に夢を諦めないで欲しいからです。私達
 夫婦の頑張る姿が、全国の不妊治療中の女性の
 勇気になればいいなって・・】

って・・これはそもそも【不妊治療】ではないでしょう?(笑)
3000万〜4000万かかったと言われている今回の
【代理母出産】、どうみても、

【お金持ちの日本人が貧乏人の横っ面を札束で
 叩いて子供を産ませた】
【私達のようにお金を積めば代理母で赤ちゃんが
 手に入ります!あきらめないで!】

みたいな、何かお金持ち独特の嫌な違和感を
感じるんですよ・・(^-^;
それは、代理母であるシンディさんを追ってみると、
より理解できるのだ。

高田・向井夫妻が依頼した代理母であるシンディさん、
過疎地であるための生活の貧しさ、夫の自己破産、
ゆえに代理母を申し出た。高田・向井夫妻の子供が
双子であると判明した時点で、シンディさんは体力的に
きついからと、減胎要求をしたが、高田・向井夫妻に
拒否され、ビジネスという事で割り切ったという事は
本人が告白している。

そこに対するせめてものシンディさんの意地は、
【ビジネス用の赤ちゃん】を産道を通す訳には
いかないと、医師に帝王切開でお願いした事・・。
その経緯から考えても、きっと、シンディさんは
中流以上の家だったら、絶対に代理母をやって
いないのである・・。

そして、シンディさんはほぼ1年間体を犠牲にして
もらうお金がたったの230万円・・。
でも、そのお金が生活の貧しい人間には大金なのだ・・。
裕福な日本人と貧しいアメリカ人の構図・・。
この事をどれだけの人たちが知っているのだろう・・。

そして、この国は柳沢大臣の【女性は産む機械】という
発言には目くじら立てて大騒ぎするくせに、今回の
代理出産ビジネスのような、まさに【女性は産む機械】的
行為は認めてあげれば?
という世論の流れは、個人的には知れば知るほど
違和感を感じるのである・・。

六厘舎

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前々からとても気になっていたつけ麺で一躍有名に
なった大崎の【六厘舎】。
わざわざ行ってみた!(爆)●〜*
東急池上線の【大崎広小路駅】を下車して、7分と
言われる道を歩き始めるが、どんどんと
細くなって心細い感じでしたが、無事到着。
昼を避け、1時半位に到着したのですが
すでに20人ほど並んでいる・・。(^-^;
12人ずつ【入れ替え制】で入れる事は知っていたので、
40分位で入れる予測だったが30分位で入れた。
麺は【極太麺】でコシが強い!自家製か?大勝軒も
そうだが、つけ麺は【極太麺】が多いね。
メニューに【つけめん】【あつもり】と大勝軒と
同じ形式なところをみると、もしかしたら、
大勝軒に影響を受けているのかもしれませんね・・。
つけ汁は【とんこつ魚介】といったところか?
かなりコクがあるが、決してしつこくなく
少し甘め、魚介の風味がしっかり出ている。
具は、長方角切りのチャーシューで味がほとんどない。
よく味が仕込んであるチャーシューがあるが、個人的
にはそれだと味が壊される気がするので、今回のよう
に味のない方が好き!
それとメンマ、ネギ、魚粉がのった海苔で、見た目
よりも【あっさり】していておいしかった!(* ̄∇ ̄*)v
でも、こってりしたスープの方が好みの方は食べない
方がいいかもです。
しかし、ここでさらに美味いと感じたのは

【スープ割り】

だ!(゚-゚)b
当然、最後にスープだけが残るのですが、この残った
スープを、ほんのりと【柚子】の香りのスープで
薄めてくれる。いやいやこれが【絶品】なのだ。
個人的には、このスープでもつけ麺を食べて
みたかった・・_| ̄|○
という事で、スープ割る前に数本の麺を残す事を
お薦めする。遠くなければ通うんだけどなぁ・・(^-^; (笑)

地震の怖さ【能登半島地震】

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またも、ノーマークの場所での大地震だ。
最近は、来る来ると噂されている【東海地震】なんて
全然こないのに、予測されていない所での地震が
目立つ・・。

石川県の友人の所がまさにその所で、電話は通じないし、
携帯も通じないし、メールも返ってこないしで、ちょっと
ビビったけど、夜には携帯がつながって無事を確認・・。
しかし、本人いわく

【テレビはすっとんでくるわ、タンスは倒れるわで大変。
 メチャクチャだよ】

との事・・。 そもそも電話で話している自体が恐らく
迷惑だと思い早々に切った。
でも、無事を確認できるとやはりちょっと安心。(^-^;

そうはいうものの、一夜明けてテレビでみる限りでは、
新潟や阪神大震災の凄さはないものの、道路の崩壊や、
家屋の崩壊はやはりすごいもんですね。
コンビニの映像などもテレビでやっていたが、すごい
揺れだもんね・・。
国土地理院の発表では、志賀町富来が南西方向へ約25cm、
穴水町大町が北西方向へ約13cm移動したと発表して
いましたから、陸地自体が移動している・・(^-^;

この地震の強さを示す目安の一つとして使われる【ガル】、
【能登半島地震】で記録された揺れの最大加速度は、
午前9時42分に石川県志賀町で観測された945ガルと
発表した。
1995年1月の阪神大震災の際、神戸海洋気象台での
観測値から算出されたのは891ガルで、それを上回るという。
しかし、2005年10月の新潟県中越地震の際に、
同県川口町で2515ガルを記録。
2000年10月の鳥取県西部地震では、同県日野町で
1584ガルの最大加速度が観測されており、 それよりは小さい。
あくまでも加速度だけを表現しており、揺れの継続時間
は反映していないため、被害の大きさと直接結びつく
わけではないそうだが、今回の【能登半島地震】は
【大地震】という位置づけよりも【中地震】の位置づけ
だそうだ。

もう20年も前になるが、1988年に発刊された【広瀬隆】著の

【北陸が日本地図から消える日〜能登原発恐怖の疑惑!〜】

15分間も臨界状態に陥っていたり、検査記録を改ざんで
有名になった【志賀原発】付近に大断層があり、危険と
指摘していた本だ。
しかしながら、今回は幸い、志賀1号機で平成11年に
発生した臨界事故の判明、志賀2号機の低圧タービン羽根
損傷や数々の品質管理上の問題などにより、現在、両機
とも運転を停止して いるという。
この時に今回の【能登半島地震】が起きたというこれ以上に
ない見事な【良い方への偶然】で本当に良かった・・。
これがまたも【臨界状態】の時だったら、もしかしたら、
本の通り北陸が日本地図から消えていたかもしれない・・。
あ、もちろん、土地がなくなる事はないから、人が住めない
土地になるという事ね・・。
原発だけは考えただけでもゾッとする・・。

きちんと結果を残す事の難しさ

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「フィギュアスケートの世界選手権は最終日の24日、東京
 体育館で女子のフリーが行われ、安藤美姫(19)=トヨタ
 自動車=が前日のショートプログラム(SP)の2位から
 逆転して初優勝を果たした。この種目の日本勢としては
 2004年の荒川静香以来の金メダル。
 SP5位の浅田真央(16)=愛知・中京大中京高=も銀メダル
 を獲得し、初の世界選手権出場で表彰台に上がった。世界
 選手権の同一大会、同一種目で日本選手が複数メダルを
 獲得したのは初めて。SP7位の中野友加里(21)=早大=は
 5位だった。SP首位で昨年12月のグランプリファイナルを
 制した16歳の金妍児(キムヨナ)(韓国)は3位に終わった。」

観ているだけなのに滑り初めはドキドキして・・回転して
着地する時にドキドキして・・次の回転にはまたドキドキ
して・・浅田真央の涙で泣いて・・安藤美姫の涙で泣いて・・(T_T)
先日のテレビの特集でもやっていたが、真央ちゃんなどは、
多い時で7時間、少ない時でも3時間は毎日滑るのだそうだ・・。
きっと、真央ちゃんだけでなく、どの選手も、そうした想像を
絶する練習を積んでいるのに、ミスが出てしまうスポーツ・・。
勝負の世界とは厳しい・・。
そして、勝負の世界の厳しさの他に、日本を背負う重圧、
自分のプライド・・その中で、
きちんと結果を残す事の難しさ・・。
やはりやり遂げた涙は、それを観ている自分たちの心も
きれいにしてくれる・・おめでとう!

1LOVE

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「2007年、AIR FORCE 1 誕生から25周年を迎え、東京・原宿・遊歩道に
 AIR FORCE 1 ONLY SHOP 【1LOVE】が1年間期間限定でOPEN。
 1FがAIR FORCE 1 およびAIR FORCE 25 専門の店舗となり、
 2Fは会員制および完全予約制のNIKE iD STUDIO。
 25年後に登場した革新的なFORCE、AIR FORCE 25 の全てが網羅できる」

との触れ込み。ストリート雑誌などでも多数PRされている。
【AIR FORCE】の【NIKE iD STUDIO】なんていいね!
沸々と作ってもらいたいオリジナルカラーの【AIR FORCE】が頭に浮かぶ・・。
早速、代々木公園で花見の前に、百聞は一見にしかずという事で、せっかく
なので行ってみた!店員以外、誰もいない店内。白のAIR FORCEが90%並べられ、
あと【ここにだけしかない】というAIR FORCEが30種ほど並んでいるが、
感覚が違うせいか、どれも魅力を感じない・・(^-^;
噂の262,500円のAIR FORCEも誰も買っていないし・・>当たり前(笑)
で、どうせなので【2Fは会員制および完全予約制のNIKE iD STUDIO】と
いう事なので、会員になるためにはどうしたらいいか?を聞いてみたら、

【NIKIから招待されている人間のみのNIKE iD STUDIO】

との事。なんだよ・・_| ̄|○
一般の平民など知るか!一般人は1Fで【AIR FORCE】眺めて、時々出る
シューズだけ買いにこい!ってさ!
【NIKE iD STUDIO】に、藤原 ヒロシが来ただとか、VOICE MAILが来た、
DJ ENVYが来た!ってブログにはあるけど、どうもNIKEがつるんでいる
人たちと楽しくやる所のようだ・・。
だけど、こんな暇している店なんだから、一般にも2Fの【NIKE iD STUDIO】
開放すりゃいいのにね。って・・まあ、所詮、平民のひがみですけど・・(爆)●〜*

【牡丹餅】【夜船】【御萩】【北窓】

ファイル 887-2.jpg

題名の4つの事の意味をご存知の方は、非常に【通】である。(笑)
その答えの前に、昨日は【春分の日】。
そんなのは関係なく昨日も今日も店は忙しい・・(* ̄∇ ̄*)v
ので、情緒に浸れませんが、【春分の日】は

【自然をたたえ、生物をいつくしむ】

【祖先を敬い、無くなった人々を偲ぶ】

という日。さらに【彼岸の中日】と呼ばれる。
この【彼岸】、日本には先祖の霊を敬い墓参りをする風習があります。
また地方によって若干の違いはありますが、

【ぼた餅(牡丹餅)】【おはぎ(御萩)】【団子】【海苔巻き】【いなり寿司】

などを仏壇に供え、家族でもこれを食すと言った風習も残っています。
しかし、仏教行事であるにもかかわらず、日本独特の行事である。
他の仏教国には無いものだ。
しかし、ここで出てくる【ぼた餅(牡丹餅)】【おはぎ(御萩)】は、
実は同じモノで、春には

【ぼた餅(牡丹餅)】

秋には

【おはぎ(御萩)】

と呼ばれる。しかし、現代ではほとんど使われていないものの、
夏と冬にも正式な呼び名が存在する。
夏は、なんと

【夜船】

冬は

【北窓】

と、どうにも食べ物には直結しないイメージの名称・・。(^-^;
という事で、題名の答えは、画像にもなっている【牡丹餅】の
季節による呼び名です。うちも昨日は、妻と娘で【牡丹餅】を
作ってくれていたので、おいしく頂きました。(* ̄∇ ̄*)v

花見だめだめ・・(T_T)

ファイル 888-1.jpg

気象庁に騙され、昨日、花見の予定で組んでいた【代々木公園】・・。
しかし、靖国神社の【標準木】で【開花宣言】が出たが、見渡しても
【つぼみ】だらけ・・(T_T)>しかも寒いし・・(^^;)
やっと見つけた【桜】は3枝だけ・・w
あと見頃までに5日〜1週間といった所ですね。
仕方ないので表参道のいつもの所で肉を食べた・・(笑)
相変わらずうまい!(* ̄∇ ̄*)v

PASMOデビュー!Suicaと相互利用開始

ファイル 886-2.jpg

今日から、一緒に使えるようになる事で、JR東日本からは【記念Suica】、
PASMOからは【記念PASMO】が発売された。
【記念PASMO】はデポジット500円+チャージ分500円で売値は1000円、
【記念Suica】はデポジット500円+チャージ分1500円で売値は2000円。
【記念Suica】はたくさん乗れよ!と最初から押し付けチャージ金額・・
しっかりしている(笑)
PASMOはやはりみんなにが手に欲しいという事か?チャージ金額を
安めに設定。ありがたや・・友人が【記念Suica】買ってきてくれた!
【他力本願】で【記念Suica】ゲットだ!(笑)>ありがたい・・m(._.)m

しかし、日本では動物のキャラクターを使う事が多い中、PASMOの
メインキャラが

【よくわからないロボットのキャラ】

なのはすごい!(笑)
きっと数あるデザインの中から厳選され、採用されたのだと思うが、
個人的には、これが一番だった理由が知りたい・・(-.-)ボソッ(笑)
久々にお目にかかる【わからなキャラ】である!
(;゜〇゜) ハッ!もしかしたら、こうして訳わからないという事で
話題になる事が本当の目的なら、自分はまんまとその罠にはまった
事になる・・。(爆)●〜*

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