自分は高校で野球を辞めてから、少し柔道を
していたので、パリ五輪の柔道について
少し考察を述べたい。
今や国際大会では、相手に襟を取らせない、
帯を緩く締める、「指導」ポイント狙いの
見苦しい柔道がスタンダードになってしまった。
「組むまでで勝負が決まると言ってもいいほど、
襟取りが重要でなかなか組めないんだよ!」
という意見もあるが、自分はそうは思わない。
実際、混合団体戦の斉藤立vsテディ・リネール戦
では、しっかり組み合い、互いに他階級では
当たり前の「くの字」の形に腰を引かず、
その上で1本を狙いに行く柔道が展開された。
人間は二本足でバランスを取る動物なので、
動き始めると、当たり前だが重心を二本足に
かけたまま、もっと言えば足裏均一に体重を
かけたままでいる事は絶対にできない。
柔道は、原則組んだ状態から互いに前後左右
の動きの中で隙を見つけて技をかけるスポーツだ。
例えば、相手が技をかけようと足を前に
出したところを、着地前に踏み出した力を
利用して手前に足を払えば、相手はバランス
を崩して倒れる。
また、相手に左方向へ技をかけると見せかけて、
相手がその力に対抗しようと右に体重移動を
した時、その体重移動を利用して反対の方向に
技をかけて相手を持ち上げたり、回転させたり
する事ができる。
相手を手前に引っ張り、相手がそれに対抗
しようと体を反らせた瞬間、その力を利用して
後ろに倒す事ができる。
柔道の原理は、こうした人間のバランスを
崩す事にあるのが面白いスポーツなのだ。
だから、外国人選手に見られる、阿部詩選手
が負けた時の肩車の捨て身技や、団体戦で
阿部一二三選手が敗れたタックルのような
捨て身の技は、個人的には全く面白くない。
もう柔道はこんなにもつまらないスポーツに
変わってしまったのかと、高校生の柔道を
やっているカットにみえる女の子に聞いてみた。
「今や高校生レベルでも、五輪のように
組み手を争う見苦しい柔道になって
しまっているのか?」と。
すると、
「いえ、ちゃんと組んで技をかける柔道を
していますよ!」
という答えが返ってきた。
色々と話を聞いてみると、40年前に自分
がやっていた柔道と遜色のない、日本の
美しい柔道がまだ残っているようで、
少し安心した。(*´◡`)
まあ、考えてみれば、日本人選手の五輪
での戦い方を見れば、それは伝わって
くるのだけれども・・。
それにしても、どこかの記事で読んだが、
実は「柔道」がこの様な状況の「JYUDO」
になってしまったのは、日本柔道協会が
国際会議で英語で対抗できない事が問題だ
という指摘もある。
今回の五輪でも、判定に不服があっても、
すぐにネイティブな英語で交渉ができない為、
判定がそのままになってしまっている
という現実があるとする記事もあった。
以前にも、スキージャンプや体操、
シンクロナイズドスイミングなど、
日本が強いスポーツはことごとく日本に
不利なルールに変更されてきた。
やはり、どんなスポーツでも、競技だけ
しかできない者の集まりではダメだと
いう事を痛感する。
ここに来て、柔道だけでなく、語学にも
堪能で、交渉術にも長けた人材が戦術的
に必要になっているのだと感じる。
もし、日本国内だけで天下を取る事を
目指すスポーツであるなら、今のままの
「ぬるま湯」でよいのかもしれないが、
世界にそのスポーツが広がるというのは
本当に難しい事だと、柔道だけでなく
様々なスポーツで感じる。
スポーツに限らず、いわゆる「政治」は
自国が有利になるように、水面下や
ロビー活動で戦うものだから、当然と
いえば当然なのだが・・(^-^;
