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AKIRAというエヴァンゲリオン

先日、「AKIRA(映画版)」を観る機会があった。
評価が高い映画なので以前から気にはなって
いたが、なかなか観る機会がなかった作品だ。
で、観終わってみると

「え? これってエヴァンゲリオンじゃん」

とびっくりした(笑)

「アキラ=アダム」
「鉄雄=シンジ」

と考えると、「使徒」という外敵がいないだけで、
実は両作が描いているのは、

「理由が分からないまま子供に過剰な力が与えられ、
その暴走によって世界が再構築される」

という同一のテーマであり、その酷似ぶりに
驚かされる。

「鉄雄=シンジ」というように、どちらも

「選ばれてしまった子供」

である点は共通しているが、鉄雄とシンジ
設定は、ほぼ真逆だ。
鉄雄は「暴走」し、シンジは「逃げ」続ける。
しかし本質は同じである。

二人とも、先に書いた通り「自分が何者か
分からないまま、力を与えられてしまった
少年」だ。
また、鉄雄は「力がなければ誰にも認め
られない」という欠落から力を欲し、
シンジは「乗らなければ存在価値がない」
と刷り込まれてエヴァに乗る。

だが彼らは戦士ではない。
自己肯定感がゼロのまま、神の力を渡されて
しまった被害者でもある・・と、これまた
酷似している(笑)

その上で、エヴァにおける「アダム」は、
「セカンドインパクト」を引き起こした
人類以前の「神の原型」であり、接触の仕方
次第では世界が壊れる存在だ。
AKIRAもまた、幼少期にして宇宙創生レベル
の力を持ち、「東京新型爆弾」として、東京を
一度消滅させた「神」である。

しかも物語中では、地下深く(AKIRAは
オリンピック会場地下、アダムはセントラル
ドグマ)に封印され、どちらも

「人類が理解できないまま管理される神」

として扱われている。

さらに、エヴァンゲリオンの人類補完計画は
「個の消失による救済」・・。
一方、AKIRAのラストも、鉄雄が喪失し、
AKIRAとの新たな宇宙の創生と共に
消えていく・・。
前提や目的に至るまで酷似しているのだ・・。

調べてみると「AKIRA」の方が約7年早い。
順番で考えるなら、エヴァンゲリオンの
元になった考え方だと言った方が正しい
のかもしれない。

そう考えると、あくまで推測ではあるが、
庵野監督の頭の片隅にAKIRAが存在し、
そこに「使徒」という外的要素を付け足し、
あらゆる説明や多様な解釈を盛り込むことで、
「説明なきAKIRA」を「説明のあるAKIRA」
として再構築したのがエヴァなのではないか、
とさえ思えてくる。

エヴァンゲリオンすげえ!と思っていただけに、
その前に、これだけ完成された世界観の代物が
存在していたという事実・・。
やはりその時代にこれをやっていたという点で、
噂通りAKIRAって凄えな・・(゚.゚)