| 「いいわけ」 |
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| まこと身勝手なことではあるが、自分でも「それはないんじゃないか」と思うことがある。約束は一種の簡易な契約だ。拘束力は弱いが、間違いなく誰でもできる、それこそ子供にとってはもっともメジャーな契約である。 「明日、遊ぼうよ」「うん、いいよ」 これだけでりっぱな契約である。それも簡易であるがゆえに、人の信頼に基づいているために、その履行には充分注意しなければならない。この場合の契約不履行はケンカの原因となるであろう。軽率な行動は子供ならなおさらだが、一方で柔軟なものの考え方ができるのも子供ゆえだ。さっきまでケンカしていても何かの拍子に仲直り、というのは日常茶飯事だ。オトナの場合は、いろいろなことが抑制力となってしまう。例えば、メンツとか、立場といったものだ。 傍らの携帯がメロディを奏でた。 「PM6:30 池袋の○○」 たわいもない飲み会の連絡だ。参加するかどうかも連絡していない、いつものパターンである。そのまま、床にひっくりかえり、もう一度メールを読んだ。 改めて読んでみても、必ず参加しなきゃ、といった感じはしない。拘束力はとてつもなく弱く、なんやかんやいっても結局行くんである。だから、返事がなくても、相手も気にしていないはずだ。いいとこ、「いつものことさ」とぼんやり考える程度であろう。 自分のほうでも「どうせいくんだ」とはわかっている。けど、とりあえず考えてもみた。 前から酒が強いほうではなかったが、最近は飲む機会がめっきり減って、飲み会の楽しみ方・面白さも忘れがちである。年末から深夜帰宅が増えたが、よっぱらいも増えて周りの状況に気を配るようになった。 自分のすくない経験からいって、電車内にブツがぶちまけられていることは、ほとんどない。しかし、深夜の駅構内には下を向いて壁に寄りかかり、靴は片方しかなく、ひどいのはマグロのように転がっている。それらの予備軍が電車内で、たいがい複数のつり革にすがりつき、電車の振動そのままに揺れている。新巻鮭を見ているようなもので、これらを見て身の危険を感じてもしかたあるまい。陽気で騒がしい車内も空腹の会社帰りにはこたえる。注意する気にもならない。最近、物騒な事件が多いせいで文句の一つも言えない。不用意な一言で刺されるのはごめんだ。というわけで、マナーのほうも二極化が進んでいる。オオカミはとことんワルく、羊はメエメエとも言わなくなった。そんなわけで自然出不精になるんであるが、一方で厭世的になるほど強くはないので、きわめて細い糸をそっとたどっていくのである。(Page.2へ続く) |
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