「書けない理由」

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 パソコンの前に座って何時間にかなる。愛用のノートパソコンはずいぶん前にブラックアウトしてから、だまったままでいる。始めの頃こそ退屈しのぎにマウスを動かしていたものだが、今となってはやたらに反応が鈍い。2、3秒たってようやく不満げにガリガリといってスクリーンが映しだされた。やけに白けた画面とさっきまでとどっかがいいかと言われたら判断できない。しばらく待っているとまたガリガリいって、それ見たことか、というように画面は消えた。
「何もしないんだったら、呼び出すな、俺はもちっと寝るからよ」、愛想をつかしたような妙に人間くさいしぐさが見えた。
「おい、ちょっと待てよ、お前を付き合いながいんだから、状況もわかるだろう?少しくらいアイディアを出したらどうだ?」当然、返事はなく、キーをめちゃくちゃにたたき、マウスのクリックを繰り返す。画面は変わらない。そうきたか、ならばこっちはこれだ。強制終了を命令するが、ようやく変わった画面は青く輝いていた。小さくため息をついて、電源をおとす。もう一度電源を入れる気はなかった。そのままパタンと閉じる。床に大の字になり、ピースをくわえる。
 これでもう三日だろうか?
同じようなセリフをはき、同じように寝っころがった。そのままいけば、まちがいなく朝まで眠ってしまうだろう。そうしてむかえた朝は少々だが罪悪感に彩られる。一つには、職業でやっているのではないということ、一つはそんなことじゃ向上しないと思うことである。
 いつものことだ。自分が本当に書きたい気持ちになるとき、言葉は泉のようにわきだし、書き損じは極端に少なくなる。しかるに、そうでない時は産みの苦しみを味わうことになる。部屋を飛び出し、バイク、車、電車、ときには何時間も歩く。五感は題材を求め、きっかけないしは意味を作りだそうとする。そうして産まれたものは愛着はなく、時間とともに急速に記憶から抜ける。後で読み返すことは、自作であればどんなものでもしないのであるが、たまたま読み返すことがあると、自分でも理解しがたい時がある。いらないところに力を入れ、文章が歪んでいる。苦しみがモロに見える。苦しんで産まれたものが非常にすばらしい作品になる作家もいるのだろうが、自分にはあてはまらない。ホテルにカン詰めでマス目を埋めているプロ作家はたいしたものだ。出来損ないでもできるのだし、それでもやっぱり売れる、少なくとも出版社には売れるのだから。それでも自分の書いたものに後悔はしない。その時考えて書いたものだから・・・。
何をいいわけじみたことを、すっかり吸い口がふやけたタバコをくずかごに投げ入れ、重い腰をあげた。(Page.2へ続く)

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