「素質-2」

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 ここで打ち続けるのだ。一度吐き出した台だが、その台に未練もあり、可能性も高いと判断した。いいリーチを連発するその台の回転数は上がり続け、こんもりと箱からこぼれんばかりに、起伏は乏しいがゴツゴツと見えていたその頂は、いつしか平原となり、手持ちぶさたに箱の中で遊んでいた手は、その指先に箱の底を感じた。もはや、余裕はまったくなくなっていた。単発の大当たりをひく直前にもまして激しい不安がこみ上げてくる。少なくなった玉をここで換金すれば、少しでも金は戻り損害は減る。それはわかっていた。しかし、そのために費やした時間、大当たりを終了したときに換金を考えもしなかった自分のこころ、そして周りで何くわぬ顔で打ち続けている人々へのメンツがそうはさせなかった。おかしなことだった。誰もが自分の台を食い入るように見ていて他人の台での出来事などよっぽど大量に出していれば別だが、たかが単発の箱をなくした男のことなど、気にもしないであろう。
 しかし、彼は何度となく見ていた。自分がある程度出していたとき、周りで単発の箱を抱えて打ち続けていた人を。その玉がなくなり、いらただしげに席をたったあの人を。そしてその時、周りで自分と目が合った人を。もし、ここでやめたら、実にみみっちい人と思われるのではないか。カウンター、換金所、どこへいってもそう思われるのは間違いではない。いわゆる羽根モノがほとんど見かけられなくなった今日では、大当たりの出玉が2000発以下のものはないのだ。本当に金がないとき、金が入用なとき、人はたとえそれが数十円のことであっても目くじらを立てる。だが、ギャンブルの世界ではそうはならない。出るか出ないか、数千円以上か0か、の選択をせまられるような気持ちになるのだ。
 それから彼は玉をはじく強度を変え、リズムを変え、保留玉をしないように少しずつ打ったりした。玉の消費速度は確実に落ちたものの、結果は変わらないままに、最後の玉もクギの間をすべり落ちて、最下の受け口に吸い込まれていった。意味もなく小デジタルは点滅を繰り返し、時々チャッカー上の飾りが開く。財布をあらためるわけでもなく、携帯で時間を確認し、席をたつ。敗北者がよくやるポーズだ。自嘲ぎみに遠回りにカウンターの前を通り、現金機の方へいく。勝負するカード購入金はすでになかったが、小銭があるのはわかっていた。すかんぴんになるまでやりとおす。体中をめぐる高揚感が、それを後押しする。やることは同じだ。小銭を傍らに広げて打っていく。小デジタル点滅、大デジタル回転、左から順にデジタルは止まり、一瞬の逡巡の後、再び始動する。リーチアクションに一喜一憂する。吸殻が増えていく・・・。今や彼はほとんどぼんやりと、ただ液晶画面を見、背を丸め、アゴを突き出すような姿勢で、半開きの口の端に短くなったタバコをくっつけている彫像のようになった。白く、やけにまっすぐに立ち上る一筋の煙だけがそうでないことを物語っていた。(Page.2へ続く)

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