「おとなのなかのこども、こどものなかのおとな」

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 こどもの頃、「はやくおとなになりたいっ!!!」って考えることはしばしばあった。それは制約の多い「こども」という立場から脱却して「おとな」になれば誰はばかることなく、それこそ自由にできるんだという漠然としたビジョンが見えていたからである。まさか、おとな社会がこども社会以上にしがらみが多くって余計に自由度がなくなるんてことは想像すらしていなかった。自分の親はいわゆるサラリーマンで毎日夕方6時半ごろには家に帰っていたから、まさしく古いCMのフレーズじゃないが、気楽な家業だと考えていた。
 自分もなんだかんだといいながらも今では三十路に突入して久しいが、未だに「おとなになった!!」という感覚に乏しい。確かに収入とか見てくれ(これは未だにこどもではないかとも多分に思えるが)から「こども」とはいえないところにきているとは思う。しかし、自分を見つめる心の動きを考えるとどう考えても「おとな」ではない。少なくともこどものころ周囲に見られた今の自分のような年齢の人(それはネクタイ締めて小難しそうな顔をして、けっして冗談なんか言わないような雰囲気をまとっていた・・・)とはまったく違う。今の自分はあくまで未成年の自分の延長でしかなく、その頃からもっていた性格や考え方といったものは変化していないのだから、当たり前といえば当たり前である。しかも、同窓会なんて行うとかつての旧友たちはやはり当時(10年前)とまったく変わって見えないし、向こうもこっちをそう見ている。変わったのは肩書きくらいのもので、営業のように名刺を配るものもいたが、それだって要は自分をアピールしているだけで方法が転化しただけのことである。多分その10年前の自分と今の自分を第三者が冷静に見比べれば顔の造作や体型といった表面的なものだけでなく雰囲気さえも相当に変化しているのだろうと思う。しかし、自分はそんな自分と間断なく10年間過ごしているし、その日々の変化は意識していない。さらに旧友たちも同様に10年間を過ごしていて、鏡の中の自分を基準に相手を見ることになるのだから、どうしても変わっていないということになるのだろう。
(Page.2へ続く)

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