「追憶-3」

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 ペダルを踏む力が最初に弱まったのは出発して2時間後だった。夜の幹線道路は静寂の中を間断なく大型の商業車が猛烈な速度でとおりすぎる。少しでも先に進みたい彼はすぐに歩道をはずれ車道わきを走ることにしたのだが、眠気をふりはらいながらのそれは非常な集中力を必要とした。12才の少年は隣接する県を縦走する国道沿いにいた。めざす田舎までは平坦地が続いていることを知っていたが、国道沿いにまだ90kmも先であることを道路標示が示していた。やや離れたところからカエルのざわめきが響いてくるが、それもときおりドアを閉めたようにふいに聞こえなくなる。車がとぎれた静寂のなか、のっぽの常夜灯に照らし出された少年ははたからみても何をしていいのかわからず立ちつくしているようにしか見えなかった。その影もまた足下にへばりついてちぢこまっていた。
 と彼はその場に座り込み背負ってきたバッグの中に手を突っ込んだ。入っているはずのないものを探っていたその手はでてきたときには飴の袋をつかんでいた。座り込んだまま、飴をしゃぶりロードマップに視線を落とす。問題は道路沿いにある交番をどうやりすごすかであった。ここまでは幸か不幸か遇わずにすんでいたが、幹線道路の車道を走っている限りいつか必ず呼び止められる羽目になる。しかし、先を急ぐ彼に幹線道路をはずれることなど考えられなかった。
 「でたとこ勝負や!」、なるようになる、ならなければそれまでのことなんだと考えた。
 再開したペダルのひとこぎひとこぎが確実に目的地に近づいているとは感じられず、まるで水の中を進んでいるような気分になったがその意識すら遠ざかりつつあった。いつしか正気を保つため、お気に入りの歌謡曲を口ずさみながら走り、周りに人家も見られないところではわめくように歌っていた。あんなに気にしていた交番も田舎では駐在所であり、そのために不寝番をする者もなく見咎められることもないということに気づきもしなかった。
 ・・・どれぐらい時間がたったであろうか、もはや止まった時点で足が動かなくなり、サドルから降りたとたんに座り込むであろうほどに疲れを感じたころ、大きな下り坂の先に白みはじめた東の空をバックに、見覚えのある大きな橋が見えた。
自然に全身で空気を取り込むようにからだを浮かせ、全身で吼えた。
(Page.2へ続く)

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