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いつまでおかしな【村山談話】に縛られ続けるのか?

凄まじいものである・・。
瞬時に更迭された前航空幕僚長・田母神(たもがみ)俊雄氏
の論文問題・・こんなにもマスコミが攻撃的に言論封じに
かかるとは・・。
産経を除き、全てのマスコミが攻撃しているという構図だ。

マスコミは部分抜きで意図的な方向に構成するのはわかって
いるので、まずは外野の意見はともかく、兎に角、読んで
みない事には何もわからないので、その論文を読んだ。
ありがたい事にインターネットで、きちんと公表されている。
https://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
これ、今はリンクされているが、なくなると訳わからなく
なるので、このブログの最後に全文を転載しておきます。

内容はと言うと、細かい部分の正確さや、これが論文であるか?
などの事は置いておいて、全体像としては個人的な感想として
【正論】であるというか、自分が常々述べている【日本人の
自虐的意識】に対して意見した内容だったのでビックリした(笑)

昨今の日本人は自虐的というか、マスコミに揺動されるというか

【中国や韓国があんなに怒ってるんだから、きっと日本人は
 歴史的に悪い事をしてきたんだろう】

と普通に過ごしていると思い込みがち・・。
今回のマスコミも政府見解、政府見解と言うが、それはちゃんと
検証した上で、証拠が提示され正しいのかどうか?を論じた
のではなく、あくまでも政治的にアジアへ配慮した【村山談話
→わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道
を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、
多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と
苦痛を与えました。】というのが正しいのだ!という事を
繰り返し言っているだけ・・。

しかし、今回の論文応募・・現職の

【自衛隊トップ】

となれば、ただでは済まない事はご自分でもわかっていたはず
であるから、言葉悪く言えば【確信犯】、美しく言えば
【覚悟と信念】を持って最後のご自身の主張として行った
のだろう・・政治的活動に関与せず・・トップとしての資格が
ない・・自分の行動による影響を考えるべきだ・・そういう
批判、無断外部発表においての批判は甘んじて受けるべきであり、
仕方がないだろう・・。
でも、国旗掲揚、国歌斉唱で立ち上がらない先生のように、
思想を職場で拒否行動として行使するレベルとは全く違っており
自衛隊の中で、田母神氏は業務を思想に基づいて妨害したり、
拒絶したりした訳でもなく、抗議行動をした訳でもなく、
公に思想洗脳教育をしていた訳でもないんだけどね・・(笑)

しかし、田母神氏は【日本もそろそろ自由に発言ができる】
と思ったとはいえ、木っ端の立場で言うのではなく、トップ
だからこそ、そんな洗脳された日本人に対し、歴史について
もっとよく知ってほしい・・政府見解を検証し直して欲しい・・
との思い、自衛隊であっても、一人一人がすべて政府の見解と
同じではない、政府が出した命令を実行するのと、政府見解と
一自衛官の考えが違うというのは別の問題だという思いを
訴えたいからこそ、

【国会で参考人招致があれば積極的に応じる】

と言い切り、昨日、きちんと参考人招致に応じた。
結局は田母神氏に発言機会はほとんど与えず、田母神氏に
意見を言わせた場を持たせたという事で幕引きをする意図が
みえみえな参考人招致だったが、田母神氏の自分の主張に
何にも恐れないブレのない強固で太い【軸】を感じる・・。
こうした、田母神氏よりも、先に述べたように政府見解
などともっともらしい事で、政府やマスコミが大騒ぎし、
言論を封じ込めようとする姿は、逆にとても恐ろしい・・。

現に、田母神氏の論文が発覚した時の産経新聞以外の社説は
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朝日「空幕長更迭—ぞっとする自衛官の暴走」(抜粋)

こんなゆがんだ考えの持ち主が、こともあろうに自衛隊組織の
トップにいたとは。驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような
事件である。
田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長が日本の植民地支配や侵略
行為を正当化し、旧軍を美化する趣旨の論文を書き、民間企業の
懸賞に応募していた。論文はこんな内容だ。
「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」
「我が国は極めて穏当な植民地統治をした」「日本はルーズベルト
(米大統領)の仕掛けた罠(わな)にはまり、真珠湾攻撃を決行
した」「我が国が侵略国家だったというのはまさに濡れ衣である」。
一部の右派言論人らが好んで使う、実証的データの乏しい
歴史解釈や身勝手な主張がこれでもかと並ぶ。

国際関係への影響も深刻だ。自衛隊には、中国や韓国など近隣国
が神経をとがらせてきた。長年の努力で少しずつ信頼を積み重ねて
きたのに、その成果が大きく損なわれかねない。米国も開いた口が
ふさがるまい。

読売「空幕長更迭 立場忘れた軽率な論文発表」(抜粋)

麻生内閣も、「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々
に対して多大の損害と苦痛を与えた」として反省と謝罪を表明
した1995年の村山首相談話を踏襲している。
浜田防衛相は、「政府見解と明らかに異なる意見を公にすること
は、航空幕僚長として、大変不適切だ」と更迭の理由を述べた。
当然だろう。

毎日「空幕長更迭 トップがゆがんだ歴史観とは」(抜粋)

政府は戦後50年の95年8月15日、当時の村山富市首相が、
戦前の植民地支配と侵略について「国策を誤り」「アジア諸国
の人々に多大な損害と苦痛を与えた」とし、「痛切な反省」と
「心からのおわび」を表明した。歴代政府は、この村山談話を
踏襲してきた。田母神氏の論文は、この政府見解を真っ向から
否定するものだ。旧満州や朝鮮半島の植民地支配を正当化し、
「大東亜戦争」を肯定する内容で貫かれている。
同時に、憲法が禁止している集団的自衛権の行使や、武器使用
の制約などを「東京裁判のマインドコントロール」と批判して
いる。こうした認識を公表して悪びれない人物がなぜ空自の
最高幹部に上り詰めたのか。大いに疑問である。

日経「田母神空幕長の解任は当然」(抜粋)

自衛官が心のなかでどのような思想・信条を持とうと自由だが
「日本が侵略国家だったとはぬれぎぬ」とする田母神氏の
論文はウェブ上で公開されている。内容は政府見解に反する。
放置すれば、政治家による軍の統制(シビリアンコントロール)
に抵触する結果にもなったろう。
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しかし、朝日新聞の社説・・日本で一番ゆがんでいる新聞社
が人の事を「ゆがんでいる」って言うなっつうの・・(-_-;)

【一部の右派言論人らが好んで使う、実証的データの乏しい
 歴史解釈や身勝手な主張がこれでもかと並ぶ。】

って・・それを一番得意とする朝日新聞が言うなっつうの・・(-_-;)
それ以前に、そもそも【言論自由】を一番主張している
朝日新聞が、実は田母神氏を一番非難して【言論自由】を
奪おうとしているいるという恐ろしい構図・・。
このように自分たちが気に入らなければ【言論自由】を
一番認めていないのは実は朝日新聞なのだ。
これが日本の最大新聞社であるという事が、どれだけ
恐ろしい事なのか?をきっちりと国民は理解しない
といけない・・。

と、まあ、大手新聞社説は、全て【村山談話】を中心に
【自虐史観】に基づき、

【田母神の思想は許さん!】

という論調・・。で、産経新聞。
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産経「空自トップ更迭 歴史観封じてはならない」(抜粋)

浜田靖一防衛相は、田母神氏の論文が平成7年、村山富市内閣
の「村山談話」以来引き継がれている政府見解と異なることを
更迭の理由に挙げた。確かに「村山談話」は先の大戦の要因
「植民地支配と侵略」と断じており、閣議決定されている。
だが、談話はあくまで政府の歴史への「見解」であって「政策」
ではない。しかも、侵略か否かなどをめぐってさまざまな対立
意見がある中で、綿密な史実の検証や論議を経たものではなく、
近隣諸国へ配慮を優先した極めて政治的なものだった。
その後、談話を引き継いだ内閣でも新たな議論はしていない。
このため、与党内には今も「村山談話」の中身の再検討や見直し
を求める声が強い。田母神氏の論文がそうした政府見解によ
呪縛について、内部から疑問を呈したものであるなら、そのこと
自体は非難されることではないはずだ。
政府としては、参院での採決の時期が微妙な段階を迎えている
テロ特措法や、来月に予定されている日中韓首脳会談への影響を
最小限に抑えるため、処分を急いだとしか思えない。
テロ特措法の早期成立も中国や韓国との関係も重要である。
しかし、そのために個人の自由な歴史観まで抹殺するのであれば、
「言論封じ」として、将来に禍根を残すことになる。
むしろ今、政府がやるべきことは「村山談話」の中身を含め、
歴史についての自由闊達な議論を行い、必要があれば見解を
見直すということである。
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と、政府見解である【村山談話】はあくまで【見解】であり、
再検証をするべきという真っ当な視点が唯一あったのが救いだ。

個人的には、なぜ、全てのマスコミは、愚かな【村山談話】を
再検証しないのか?しようとしないのか?全くわからない。
政府がやらないのは国際的な政治配慮というのは、百歩譲って
仕方がない。しかし、マスコミは徹底的に色々な方向から改めて
再検証をできるだろう?
どうも、【村山談話】を再検証してはマズイ事がある、
もしくはどこをどうやっても覆ってしまう事がわかって
いるからではないか?としか考えられないんだよな・・。
だから意地でもマスコミは再検証はやらない。

実際、自民党内には麻生太郎首相、財務相の中川昭一氏や、
元首相の安倍晋三氏など、恐らく田母神氏の意見に内心では
細かい所はともかく、大筋において賛成の人たちが多いはず。
しかし、安倍氏や麻生首相のように、ひとたび総理大臣に
就任したら、もはや本音は言えない・・。
それは、国益のために行動し、国際関係を配慮しなければ
ならない総理大臣の【職責】故に【河野談話】や【村山談話】
を踏襲するとしか言えない・・。
ましてや、大本命アメリカ様の逆鱗に触れる事になる

【ルーズベルトの陰謀】

なんて言ったりしている事からも、次はアメリカは民主党政権
ですから、アメリカ様が大統領選の最中で日本の事など構って
いられないうちに田母神氏を政府が早々と更迭しておくのは
当然の措置であり(笑)、麻生首相が田母神氏を批判する
コメントを発表したのは仕方のない事なのである。

しかし、よくよく考えてみれば、こんな他国へのご機嫌伺い
のために、今の価値観で裁き、先人達を侵略者呼ばわりし、
罵り続ける自虐国家日本を、自衛官は憲法によって名誉すら
与えられず、日々【日蔭者】として、意見も出来ず、政府見解
についての話し合いにも入れず・・でも、有事の際や国の立場
として必要な戦場では自虐国家日本を守るために命をかけろと
言われる操り人形・・というかなり可哀想な職務である事に
気付く・・。
その上、今回の件で防衛省は再発防止策として、政府見解に
基づき、侵略国家で悪い国家だったと【歴史教育】をするそうだ。

いつまで日本はこんな政治配慮をしただけのおかしな【村山談話】
に縛られ続けるだけでなく【自虐】し続けるのか?
ちなみに、こういう風に言う自分のような人間は【ネット右翼】
なのだそうだ。ほんと、日本人は分けるのが好きだよな・・(笑)
代表的なものとして、血液型の4つで人間を判断するのが好きだ。
そして、こうした思想は血液型の4つよりも少なく、なんと
【右翼】と【左翼】の2つしかないらしい・・(笑)
アホか・・まったくバカバカしい・・(-_-;)

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「日本は侵略国家であったのか」  田母神俊雄

 アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に
駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。
二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は
戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍
のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは
意外に知られていない。日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や
中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで
一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府から「日本の
侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争など
によって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守る
ために条約等に基づいて軍を配置したのである。これに対し、
圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのもの
が無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない
条約など存在したことがない。

 この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。
邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。
これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに
自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、
惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。
これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度
蒋介石に裏切られるのである。実は蒋介石はコミンテルンに
動かされていた。1936年の第2次国共合作によりコミンテルン
の手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り
込んでいた。
コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、
最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。
我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって
1937年8月15日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻(ぼうれい)
を膺懲(ようちょう)し以って南京政府の反省を促す為、今や
断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石
により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。

 1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間
言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、
少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。
「マオ( 誰も知らなかった毛沢東)( ユン・チアン、講談社)」、
「黄文雄の大東亜戦争肯定論(黄文雄、ワック出版)」及び
「日本よ、「歴史力」を磨け(櫻井よしこ編、文藝春秋)」など
によると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力に
なってきている。日中戦争の開始直前の1937年7月7日の廬溝橋
事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われて
きた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が
西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、
現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている
「大東亜解放戦争(岩間弘、岩間書店)」。
もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強と
いわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。
よその国がやったから日本もやっていいということにはならない
が、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

 我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発
しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を
図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で
言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。
満州帝國は、成立当初の1932年1月には3千万人の人口であったが、
毎年100万人以上も人口が増え続け、1945年の終戦時には5千万人
に増加していたのである。満州の人口は何故爆発的に増えたのか
それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれる
ような行為が行われるところに人が集まるわけがない。
農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の
間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。
朝鮮半島も日本統治下の35年間で1千3 百万人の人口が2千5百万人
と約2倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。
日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後の日本
においては、満州や朝鮮半島の平和な暮らしが、日本軍によって
破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府と
日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、
また生活水準も格段に向上したのである。

 我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育
に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く
残している。また1924年には朝鮮に京城帝国大学、1928 年には
台湾に台北帝国大学を設立した。
日本政府は明治維新以降9つの帝国大学を設立したが、京城帝国
大学は6番目、台北帝国大学は7番目に造られた。その後8番目が
1931年の大阪帝国大学、9番目が1939年の名古屋帝国大学という
順である。なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝鮮や台湾に
帝国大学を造っているのだ。また日本政府は朝鮮人も中国人も
陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判で死刑に
なった朝鮮出身の洪思翊(ホンサイク)という陸軍中将がいる。
この人は陸軍士官学校26期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道
中将と同期生である。朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人
である。またその1期後輩には金(キン)錫源(ソグォン)大佐が
いる。日中戦争の時、中国で大隊長であった。日本兵約1千名を
率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の中国軍を蹴散らした。
その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。
もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石も日本の
陸軍士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。
1期後輩で蒋介石の参謀で何応欽(カオウキン)もいる。

 李王朝の最後の殿下である李垠(イウン)殿下も陸軍士官学校
の29期の卒業生である。李垠(イウン)殿下は日本に対する
人質のような形で10歳の時に日本に来られることになった。
しかし日本政府は殿下を王族として丁重に遇し、殿下は学習院で
学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。陸軍では陸軍中将に
栄進されご活躍された。この李垠(イウン)殿下のお妃となられた
のが日本の梨本宮方子(まさこ)妃殿下である。この方は昭和天皇
のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を
潰すつもりならこのような高貴な方を李垠(イウン)殿下のもとに
嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために
1930年に新居を建設した。現在の赤坂プリンスホテル別館である。
また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀(フギ)殿下
の弟君である溥(フ)傑(ケツ)殿下のもとに嫁がれたのは、
日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

 これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本
の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは
全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを
占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。
インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。
もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。
これはオランダ、フランス、アメリカなどの国々でも同じことである。
一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、
満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。
人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。
第1次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約
に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に
付されたのである。現在の世界を見れば当時日本が主張していた
とおりの世界になっている。

 時間は遡るが、清国は1900年の義和団事件の事後処理を迫られ
1901年に我が国を含む11カ国との間で義和団最終議定書を締結
した。その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2600名
の兵を置いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。
また1915年には袁世凱政府との4 ヶ月にわたる交渉の末、中国
の言い分も入れて、いわゆる対華21箇条の要求について合意した。
これを日本の中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、
列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、
それほどおかしなものとは思わない。
中国も一度は完全に承諾し批准した。しかし4年後の1919年、
パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで
対華21箇条の要求に対する不満を述べることになる。
それでもイギリスやフランスなどは日本の言い分を支持してくれた
のである「日本史から見た日本人・昭和編(渡部昇一、祥社)」。
また我が国は蒋介石国民党との間でも合意を得ずして軍を進めた
ことはない。常に中国側の承認の下に軍を進めている。
1901年から置かれることになった北京の日本軍は、36年後の
廬溝橋事件の時でさえ5600名にしかなっていない「廬溝橋事件
の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。このとき北京周辺には
数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。
幣原喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の
基本方針であり、それは今も昔も変わらない。

 さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に
日米戦争に突入し3百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎える
ことになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したと
いう人がいる。しかしこれも今では、日本を戦争に引きずり
込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であった
ことが判明している。実はアメリカもコミンテルンに動かされて
いた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書がある。
米国国家安全保障局( N S A )のホームページに載っている。
膨大な文書であるが、月刊正論平成18 年5 月号に青山学院大学
の福井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。
ヴェノナファイルとは、コミンテルンとアメリカにいた
エージェントとの交信記録をまとめたものである。
アメリカは1940年から1948年までの8年間これをモニター
していた。当時ソ連は1 回限りの暗号書を使用していたため
アメリカはこれを解読できなかった。
そこでアメリカは、日米戦争の最中である1943年から解読作業
を開始した。そしてなんと37年もかかって、レーガン政権が
出来る直前の1980年に至って解読作業を終えたというから
驚きである。
しかし当時は冷戦の真っ只中であったためにアメリカはこれを
機密文書とした。その後冷戦が終了し 1995 年に機密が解除
され一般に公開されることになった。これによれば1933年に
生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には
3百人のコミンテルンのスパイがいたという。
その中で昇りつめたのは財務省ナンバー2の財務次官ハリー・
ホワイトであった。ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒
ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。
彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を
通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に
追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを
認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じて
コミンテルンの工作を受け、戦闘機100機からなるフライイング
タイガースを派遣するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に
支援していた。真珠湾攻撃に先立つ1ヶ月半も前から中国大陸
においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始して
いたのである。

 ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になった
ため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に
第1撃を引かせる必要があった。
日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行
することになる。さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。
日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的
にせよ日米戦争を避けることは出来たかもしれない。
しかし一時的に戦争を避けることが出来たとしても、当時の
弱肉強食の国際情勢を考えれば、アメリカから第2,第3の
要求が出てきたであろうことは容易に想像がつく。
結果として現在に生きる私たちは白人国家の植民地である
日本で生活していた可能性が大である。文明の利器であ
自動車や洗濯機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが
造る。しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争に
よってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり
得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

 さて大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家
の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し
国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。
それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるもの
である。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在の
ような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていた
かもしれない。そういう意味で私たちは日本の国のために戦った
先人、そして国のために尊い命を捧げた英霊に対し感謝しなければ
ならない。そのお陰で今日私たちは平和で豊かな生活を営む
ことが出来るのだ。

 一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。
戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと
思っているのであろう。
当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。
やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。
亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。
しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。
現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難
である。日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な
基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単
には返ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は60年以上
不法に占拠されたままである。竹島も韓国の実行支配が続いている。

 東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとした
ものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63年を
経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず
暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくい
ようにしておこうというものである。
自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、
武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止
されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動き
できないようになっている。
このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの
力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守って
もらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化
が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法
もアメリカのシステムに近づいていく。
改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。
日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。日本国民は
20年前と今とではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。
日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日米同盟を
否定しているわけではない。
アジア地域の安定のためには良好な日米関係が必須である。
但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のような
ものであることが望ましい。子供がいつまでも親に頼りきって
いるような関係は改善の必要があると思っている。

 自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する
侵略を未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。
諸外国では、ごく普通に理解されているこのことが我が国に
おいては国民に理解が行き届かない。今なお大東亜戦争で我が国
の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている
人が多い。しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を
肯定的に評価していることを認識しておく必要がある。
タイで、ビルマで、インドで、シンガポーで、インドネシアで、
東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直接
接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を
直接見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が
多いことも知っておかなければならない。日本軍の軍紀が他国
に比較して如何に厳正であったか多くの外国人の証言もある。
我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。

 日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国
なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを
持たなければならない。
人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や
自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は
歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきた
ことが素晴らしいことであることがわかる。嘘やねつ造は
全く必要がない。個別事象に目を向ければ悪行と言われる
ものもあるだろう。それは現在の先進国の中でも暴行や殺人が
起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本の歴史を
取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の
一途を辿るのみである。
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