TBSの17時からのニュース番組「イブニング5」で2回に
分けて15分程の特集枠で放送されていたものを、さらに
詳しく作り直して、7月18日に2時間番組の特番として
改めて放送された・・前回も泣いたが、今回内容が
わかっているのにまた泣いた・・(T_T)
知らない方のために、簡単に内容を・・。
乳ガンと闘った女性は【長島千恵さん】24歳。
2005年11月頃、胸にシコリがあるのを自分で発見する。
しかし【まさか?】という気持ちと【明日には無くなって
いるんじゃないか?】と認めたくない自分との葛藤で
病院へ行くのを1か月遅らせる。
同時に、後に恋人となる【太郎さん】と出会う。
2006年1月
病院の検査結果待ちの期間に太郎さんから交際を求められる。
しかし、返事は保留する。検査結果が出ていないから・・。
その3週間後、検査結果が【乳ガン】と判明。
【乳ガンなのでつきあえない】と太郎さんの交際の申し出
を断る・・しかし、太郎さんは共に病気と闘う道を選ぶ・・。
2006年2月
抗ガン剤治療を開始する。髪が抜けカツラで仕事と交際と
治療の3つをがんばる。
2006年7月
抗ガン剤治療が効果が思わしくない。シコリはどんどん
大きくなっていた。乳房の切除を迫られる・・。手術前も
【おっぱいのない彼女でいいの?】
という千恵さんの問いかけに、太郎さんは
【胸がなくとも、髪がなくとも、千恵が千恵でいるならそれでいい】
という想いの強さ・・(T_T) この時の想いを自分のmixiに
【2006年08月01日/生きてますよ】という題名で綴っている。
(りんこさんのmixi→https://mixi.jp/show_friend.pl?id=1626245)
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久々すぎて書くのもためらうほどのミクシィ。
なんと半年以上放置してました。
それは年明け早々人生を左右する出来事があったから。。。
2006年8月、ながしまは休暇をいただきます。
色々やってきたけど、一ヶ月間何もしないのは始めて。
悪いものをすべて取り払って、
9月からはリニューアルパンダです。
この数ヶ月、何度も何度も折れそうになったけど
辛い事と同じ分だけあったかいものももらった。
もしかしたらこれからもっと辛い事があるかもしれない。
でもね、私にはそれをカバーしてくれるほどの
幸せも感じることができるんだな。
それってすごいこと、とってもありがたいこと。
一生をかけて感謝します。
まわりの人を大切にします。
私もみんなを幸せにできるようがんばります。
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2006年8月
左乳房切除。これで乳ガンとはおさらば!新しい人生が
始まると期待する。
ここから千恵さんはシステムエンジニア(SE)を目指し、
猛勉強をし、2007年2月にSEとして社会復帰する。
しかし、入社してから、咳がどんどん激しくなり、
3月には胸に鋭い痛みが走る。
2007年3月13日
乳ガンが胸膜に転移(ガン性胸膜炎)、肺が押しつぶされて
いる事が発覚。即、入院する。恐ろしいのは、乳ガンが
他臓器に転移した場合、患者の5割は3年以内に死亡する
のだそうだ・・(-_-;)
2007年3月14日 左胸水再度貯留
2007年3月15日
右側の肺に影。ガンの増殖スピードが猛烈に速いらしく、
すでに肺の転移だけでなく骨へも転移。骨への転移は
激しい痛みを伴い、肺への転移は呼吸障害を起こし、
千恵さんはこの時から【酸素ボンベ】が必要となる。
この時の事を千恵さんは、
【骨が折れそうになる位に、のたうち回る痛み。
どの体勢もツライ・・】
と語っている・・(T_T)
2007年3月30日
余命1ヵ月を親族に告げられる・・(T_T)
このとき千恵さんはもう病気の話は聞きたくないと欠席する。
(幸か不幸か、今後、千恵さんは余命1ヵ月を知らないで
過ごす事になる)
お父さんは余命を伝えない事を決める。(友人達には話す)
この裏で、友人の湯野川さんに千恵さんが前に、
【ウエディングドレスを着られないかもしれないから着てみたい】
と話していた。湯野川さんは、体調がまだ良い今の内に
【写真撮影だけでなく内緒で太郎さんとの結婚式を
やってあげよう】
と計画。東京中の式場に片っ端から電話する。
4月5日の【セントグレース大聖堂(青山)】を
執念で見つけ出す。(T_T)
この時の事を千恵さんはmixi【2007年04月03日/再入院】
でこう語る。
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知ってる人も知らない人も、わたくし再び入院中です。
今回はちょっと長引いていて、気付けばかれこれ1ヶ月
入院生活を送ってます。
今まで、病気のことはあえて話す必要はないと思って
ましたが、今はもうそんなことはどうでもいい。
むしろ隠すようなことをしてるほうが、不自然だと
気付きました。
だからと言って、私こんなに大変なの!なんてことを
書く気はさらさらありません。
私には
毎日2時間以上かけてお見舞いに来てくれる父がいる。
娘同然の扱いをしてくれる叔母がいる。
私を含め、親族一同に頼りにされてる頼もしい彼がいる。
岩手や栃木、遠方から遥々顔を見に来てくれる親戚がいる。
ストーカーのように毎日私を気遣ってくれる友達がいる。
私がどんなわがままを言ったとしても嫌いになれないと
言ってくれる友達がいる。 まるで本当のママのように
不思議なパワーをもって私を包んでくれる素敵な人がいる。
ここが病院であることをすっかり忘れるくらいのガールズトーク
ができる仲間がいる。 「ウェディングドレス着て写真撮りたい」
の一言で一生懸命手配してくれた友達がいる。
4月5日に私の体調次第ですが、ウェディングドレスを着る
夢が叶いそうです。
幸せです。
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いやいや、書いていても涙が出る・・(T_T)
以前にブライダル雑誌を見ていた時に、千恵さんが
【素敵!】と言ったリングがあった。4月5日の結婚式
の前日、太郎さんは会社を早退して、宝石店を片っ端から
探し回り、これまた執念でそのリングを見つけ出す・・(T_T)
2007年4月5日の結婚式・・写真撮影としか知らされて
いない千恵さんに結婚式、結婚指輪とサプライズが目白押し・・。
人間ってすごいと思ったのが、結婚式の時には本当に
病気が治ったのでは?と思うほど体調が良かったそうだ・・。
【幸せ】【楽しい】・・と強烈に感じている時には、痛み
すら消える【魔法の薬】が体内から出るのかもしれない・・。
この時の事を書いた千恵さんのmixi
【2007年04月10日/サプライズもいいところ】
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4月5日、写真撮りました。思う存分。
写真撮影だと思ってた私に、とんでもないサプライズが
ありました。
チャペルで式を挙げました。
神父さんの前で結婚指輪をもらいました。
この式は私側の親族と一部の友人のみで正式なものでは
ないけど、「感激」以上の言葉を知っている方いたら
教えてください。
私はありえない感動を味わいました。
DVDもあります。
大量の写真を見たい方は、築地の国立がんセンター
中央病院まで☆
みなさんに明日が来ることは奇跡です。
それを知ってるだけで、日常は幸せなことだらけで
溢れてます。
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いやいや、言葉が純粋だ・・もうダメ・・(T_T)
毎日、仕事が終わると泊まり込んで看病している
太郎さんに対しての思いを聞くと、
【日本語の中に無いんですよ。ただの”愛”じゃないし”
かけがえのない人”でも軽すぎるし、本当に
見つからないんです・・】
と言葉では言い表せない程の存在と語る。
また、毎日会いに来てくれるお父さんや友人に対しても、
【感謝、感謝、感謝しきれない。感謝という言葉さえも、
そんな言葉じゃ申し訳ない・・。】
と・・。良くなったら何がしたいですか?という問いには、
【お父さんと旅行に行きたい。前に父が行きたいと
言っていた京都に決めている・・。】
良くなったら太郎さんの時間よりも、お父さんと
過ごしたい・・なんてこれまたもうダメ・・(T_T)
2007年4月11日
焼肉が好きな千恵さんは、友人達と焼肉を食べに行く。
しかし、食べ終わった後、容態は急変・・病院へ戻る。
これが最後の外出となる・・。
2007年4月13日
ある薬(パッチ)を腕につけてから、すごく調子が
良いとはしゃぐ千恵さん・・。
しかし、その薬は【医療用合成麻薬パッチ】・・。
それまで服用していた鎮痛剤では効かず、もう【麻薬】
でなければ痛みを抑えられない体になっていた・・(T_T)
2007年4月17日
この頃から体調は急速に悪化、千恵さんから笑顔が消える。
2007年4月27日
余命1か月宣告から4週間。それまで効いていた薬が
効かなくなる。脊髄の周辺に直接【局所麻酔】を
送り込み痛みをしのぐ・・(T_T)
千恵さんの声を聞き取る事が難しくなる・・。
2007年5月6日
朝から意識がハッキリせず、話も出来ない。
午後4時42分・・永眠・・(T_T)
入院中、千恵さんは【毎日何してるの?】という
太郎さんの問いかけに
【生きてる!】
と千恵さんは答えた。
千恵さんの全ての答えがそこに集約されている・・(T_T)
日本人の20人に1人が乳ガンにかかると言われ、
年間1万人以上が乳ガンで命を落としているそうだ。
【自分がなるまでは、すごい他人事なんですよね・・
病気って・・。】
と千恵さんも語っていた。本当に自分も健康だと
他人事と感じる・・。
【おかしいと思ったら恥ずかしがらずにすぐに病院に・・】
【病気になる前に1人でも多くの人が検査を・・】
そして、
【人間一人では生きていない事・・】
【人間、一人では生きていけない事・・】
【生きるという事・・】
きっと、それ以外にもたくさんの事を伝えている・・。
いつもの事だが、簡単に・・と書き始めたのにやっぱり
簡単には終わらなかった・・・(笑)
すいません・・(^-^;
最後に、長島千恵さんのご冥福をお祈りいたします・・。