「walker(step1)」

 社長より「お前、自宅までどれぐらいかかるんだ」と問われた。なんのことかと思ったが、「最近は社命で震災等の緊急時に徒歩で帰宅することを想定して、実際に歩いてみてレポートを提出させる会社があるらしい、お前やってみないか、なんなら半休やるぞ」
ちょっとやってみたいかなとも思ったが、なにぶん年度末の忙しい時期でもあり、ヘタに了解して仕事にアナを空けるのもよろしくない。
とりあえず、「機会があれば」と答えておいた。
 仕事が忙しく、終電を乗り過ごした日にちょっと考えたこともあった。オフィスでカップラーメンをすすり、やることはあるものの、気分的に仕事をする気はない。眠気は適度にあるものの、自分の机にうっつぶして仮眠をとるくらいしかできず、朝帰り後に眠ることは決定的だ。「いったい、ここから自宅までどれくらいで帰れるのだろう」
家人からも、イザというときどれくらいで帰れるのか、を教えてくれと問われたことがあり、テキトーに「6時間ぐらいじゃない?」と言ったことがある。そのときは、「実際に6時間もかかるんだったら、あんまり役にたたないよな〜っ」とぼんやり考えていた。
 サクラが咲き、新緑の時期を迎えたある週末、さわやかな風が吹いていた。ここ一週間で仕事がかなりヒマになり、早く帰れる日が続いていた。しかし来週から現場が動く。そうなると好きなこともウカウカやってられないな・・・。先輩と肩を並べて歩いているうちに、つい「今日は歩いて帰りますよ」と言ってしまった。僭越ながら、最近精神的にまいっている先輩を元気づける意味も少しはあった。
「やりゃあ、なんとかなるんだよ」
景気付けというわけではないが、焼肉を食べてビールをのみ、気分的にも高揚してきた。店を出た時間はPM10:00と微妙ではあった。終電にはまだだいぶあるが、最寄駅までは30分程度歩く。おそらくこれがすぐ電車に乗れるような場所であったなら、やる気にはならなかったかもしれない。
 先輩と別れ、用意していた地形図を開いた。ここ、神奈川県Y市より自宅のある東京都N区まで、考えられるルートは3つぐらいあったが、この際だから一番アップダウンがあって厳しいであろうルートを選んだ。ただし、距離はソコソコ短く35kmくらいである。ちょっと早足で歩けば6時間は妥当だと思っていた。バイクでは何度も行き来しているから迷っても大丈夫ではあったが、この際だから新ルート開拓を兼ねて新しい道を探してみよう。
 最初は周辺に畑が残る郊外の幹線道路だ。ビール効果もあってあんまり考えることなく、つらつら歩いていく。もちろん、平常時の格好のままなので、スーツに革靴、背中にはザック(これが普通なのだ)といういでたちだ。こんなときぐらいザックの荷を少なくすればよかったものの、本当にいつもどおりザックは7kgぐらいあるだろう。ここは比較的最近開発された地域なので、地形を無視して碁盤の目状に区画割してある。もちろん、住宅も少なく、所々に雑木林が残っている。ちょっと寄ってみたい気もするが、先は長い。ヘタに時間を費やすと、朝日を浴びたあげくリタイアもありうる。mp3プレーヤーから流れる音楽とともに黙々と歩くことに専念する。歩いていると普段では気づかないことに遭遇することもあるが、基本的に景色の変化がなかなかないので、いろいろなことを考えてしまう。足も疲れてくるし、必然的に遅くなる。ルート途中の目標物で時間を計って、ペースの目安にしようかとも思ったが、最初の地点であまりに遅いので、愕然とする。バイクなら10分かからないのに歩くと1時間以上もかかっている。新しいルート開拓のため、途中確認などかなりしたものの、ほとんどノンストップなのにこれではガッカリしてしまう。思わず、少しでも走って距離を稼ぎたいところだが、ここで走っては意味がない。震災時にはすべての状況が悪化していて、まともに歩けないかもしれない。橋だって落橋しているかも、とも思ったがそれを考えると歩く気が萎えるので考えないことにした。実際、目標は遥か先なのにここでムリをしても時間短縮はたかがしれている。すべて歩いてはじめて参考になるのだ。ひたすらにすすめ。そう言い聞かせることにした。

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作:shun

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