「さらば友よ」

 この夏に一人の友人をなくした。精神的に失った。もう会うことはないだろうし、おそらく連絡も取らないだろう。学校とか仕事とか、否応なく出会ってできた友人はいくらもあるが、趣味だけでつながって、会うのも1年に数回というのは初めてであった。
 もう5年になる。その頃、仕事に対するモチベーションを失って、自由になりたいと強く感じ、仕事をやめていた。毎日、何をするでもなくダラっと過ごし、体を動かさないことから腰痛になり、地元の整骨院に通ってようやく元のからだに戻れたところだった。ちょうどフライフィッシングに興味がでて、その延長で毛ばり釣りにハマりかけていたところで、バイクに乗っては奥多摩方面によく出かけていた。
 その日は平日だった。サラリーマンなら仕事をしている時間にぷらっと川に遊びに行った。もちろん休日に友人を誘って行ったこともあるのだが、自分ほど釣りにのめり込まない彼らと、わざわざ混む休日に行くのはおっくうだった。それに自分には時間の制約はなかったのだ。竿をザックにくくりつけ、バイクにまたがり走っていく。2つの楽しみが共有できてしかも経済的。問題は釣果が伴わない釣りをしていたということだ。しかし、あえて誰かに師事するのも面倒だし、釣れなくてもそれほど気にすることはなかった。休日にはどこかしら人の目があって恥ずかしい思いをしたものだが、平日の奥多摩なんて人はいないし自由でよかった。
 ガイド本に載っているポイントに行き、適当に釣りをしたものだが当然のように釣れない。おにぎりをほおばり、お茶をノドに流し込んで
「今日も釣れないな。いったい釣れることなんてあるのかな」
 静かな川面を見ていてボケっとする。集落から数十メートルしか降りていないだけなので、人の声がしそうなものだがなんにもない。時間はまだあったから、バイクで別の場所にでも行ってみようと考え、来た道を戻る。バイクは、市営の無料駐車場においていたが、平日なのでもちろん誰もいないと思っていた。だが駐車場には一台のパジェロがあり、傍らでくつろいでいる二人組がいた。大きいほうはなぜか布製のツナギを着ていて、小さいほうは下にはピッチリとしたウェットスーツのようなものを着込んでいた。
「おもしろい格好で釣りをするんだな」
 もちろん、延ばした竿を見れば釣り人とわかる。こちらはお決まりのウェーダーにウェーディングシューズだが
上にはカッパを着てザックを背負っていた。
「釣れましたか」
いくらか離れているのに、小さいほうが話しかけてきた。
「いいや、全然釣れません」
「そうですか、どこでやったんです」
「そこの山道を川まで降りて、すぐのところ 禁漁区間の縄が張ってあるところの上流です」
「ああ、ちょうど大きな岩が左岸にあるところでしょう やっぱりそこより下流じゃないとでないんですよ」
「・・・そうですか」
大きなほうがこっちをジロジロ見て、
「フライですか?」
「いや、テンカラなんですがね 雑魚以外では管理釣り場以外釣れたためしないんですよ」
「ぼくらはエサなんですが、いくつか出ましたよ」
「もうやらないんですか?」
「今日はこれから、下流のK沢をやるんです 入口に門があるから車は無理だけど、歩いていけばいいから・・・どうするの?」
「まだ考えていないです もう一度今の場所やってもいいかなとも思うし」
「じゃ、ぼくらは行きますんで」
「ええ」
去り行くパジェロを見ながら、彼らの話しとその格好、やり方を考えていた。確かに禁漁区間をやるのは悪いが、たしかあそこは遡行が厳しくて危険だから立ち入り禁止にしているんじゃなかったっけ?
ということは、別にマナーが悪いというわけではなく難しい区間をやってサカナを出したってことか。そのためのあのカッコウか?
まさか、泳ぐわけじゃないだろうが、経験はありそうだな・・・。
こっちは渓流釣りも今年から始めたばかりだし、周りにやっている連中もいない手探り状態だ。教えてもらいたいな・・・。
 普段なら素直に教えてもらおうなんて考えもしないのに、このときばかりは違った。この釣りをマスターしたいという思いと、たぶん所属を失って不安だったのだろうと思う。
お互いの連絡先も交換しないで分かれたのは軽率だったと一瞬悔やんだが、まだそんなに離れてはいまい。それに行き先は知っている・・・。
 結局、そのとき彼らに会うことはなく、K沢の入口には無人のパジェロのみがあった。同じように扉を超えて山道を登ってもみたが行き先もわからず、勝手もわからない場所なので、メモを車のワイパーに挟んで帰った。
それから、その夏には彼らと南アルプスまで遠征して、釣りを楽しんだ。彼らのスタイルは半分沢登りといった感じだが、同じ道具を購入して同じように、でも釣り方のテンカラだけはそのままにやっていった。
 釣れないことに慣れてした自分は、釣れなくてもどうということはなかった。もちろん、エサとは釣果に差が出るのが当たり前とさえ思っていた。彼らは異常なくらいにこっちに気を使ってくれていたが、こっちは気にならなかった。でも何度か釣行しているうちにいいわけが多くなっている自分がいた。それがほとんど仕掛け等の問題ではなく、サカナのいる場所や流す速さ等にあるということを知った頃には、彼らのほうがそんな自分の態度に嫌気がさしていたようだ。一度は、仲間が増えたこともあったが、一人去り二人去り、そして最後の一人も去った。気分屋の自分に非があるのはわかるが、何もずっとだまっていなくてもよかったんじゃないかと思う。意見もしないで拒否するのは簡単だが、要するに相手に変化を求めていず、相手のことを考えていないということだ。それも一度や二度で判断されていたとなればなんとなくしゃくに障る。どうせなら早く教えてくれと思う。表面はなんでもないような顔をしながら、
「最近、Sはどうしてるの」
と聞くと
「いや、最近会っていないんだよね 仕事忙しいんじゃないかな」
と話題が終わっていた。なんてことはない、疎遠になっていたのはこっちのほうで、みんな了解済だったってことだ。
 最後の一人が別れ際に言ってようやくわかったことだけど、もう修正しないだろうな。少なくともチャンスをくれた最後の一人だけど、遅すぎたよ。どうせならすべてしゃべらないで、足りない点、至らない点を忠告してくれればよかったんだ。でもやっぱりダメだろうね。だって、こっちも同じように拒否しようとしているんだから。結局、自分勝手はお互い様ってことなんだろうね。それにあまりにも過ごした時間が少なく、濃度も濃いとはいえなかった。趣味でしか付き合わないし、それだからあんまり気をつかわない関係が欲しかったんだけどね。
でももういいよ、少なくとも今はいいよ。
 またいつか笑って話せるような日がくればいいとは思うけど、それまではさよならだ。しばらく川へも近寄らないでいるよ。それじゃ。

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