「Aくん」

  放たれたボールはリングをかすめることなくスッポリとゴールした。今日で3回目だろうか?いや、1回目にはいなかったような気がする。たぶん、2回目なのだろう。
 ひょんなことからかつて世話になった先輩に連れられ、バスケットボールをすることになった。ボールに触るのは10年ぶりだろうか。特に経験者ばかりで固めた会ではないらしく、アットホームな感じでゲームをする。もともとT社の連中で始めた会だが、なかなか人数が集まらず、各人がつてをたどっていった結果、現在では自分を含めソコソコ集まるようになった。3チームはムリだが、2チーム確保して若干余る程度であった。Aくんは発起人でもあるY氏の部下でまだ若く、たぶん26くらいだろう。背は高くはないが、いかにも敏捷そうで、浅黒い肌とはっきりした顔立ちはちょっと異国風である。数少ない経験者の一人で、前にも感じたことだが、パス・シュート・ドリブルどれもうまい。それにタフだ。こっちが30代だからというわけではないが、本気の彼にはついていけない。もともとのレベルが上なのだとすぐにわかってしまった。
「ナイッシュウ」
今日も彼は絶好調だ。しかし、こちらも一応経験者である。
「少しはできるとこ見せないとな」
軽いパスまわしから、3ポイントライン付近からシュート。"1対1でドリブルから抜いてシュート"はカッコいいけど、彼相手では多分ムリと判断してのことだ。スパッとは入らなかったが一応ゴールした。それを尻目に速攻を警戒して戻る。戻りながら軽く振り返ると彼の笑顔があった。最近忘れかけたキラキラしたものを見た気分だった。
 ゲーム後、12月ということから早めの忘年会を兼ねて有志で焼肉屋に行った。奥の席に陣取ると向かいはAくんであった。焼肉にはビールが似合う。Aくんもビール片手に肉をほおばり、たまにマルボロを吸った。そんなにしゃべるタチではないらしいが、話はうまいし、ニコニコしている。自然に話しがいろいろと盛り上がり、終電寸前でもみんな席を立とうとはしない。むしろ喜んでココに沈没する気満々である。明日、何もないのであればいいのだが今日はそうもいかないので、みんなの手を振り切って店を出た。
「ふう」
もう10分で終電だ。やばいやばい、それに土地感もないし、考えなしに店までついてきたから駅がどっちかもちょっとわからない。はて、と途方にくれたところ足音が、振りかってみるとAくんであった。
「駅、こっちでしたっけ?」
「いや、ここまっすぐでいいはずですよ 終電だいじょうぶですか?」
「あと10分までに山手線に乗らないとT駅からの接続がなくなるんですよ」
「じゃ、ちょっと走りますか」
二人して走りだす。こっちは着替えなどだけだが、Aくんはボールも持参していた。
山手線に乗り、座席について一息つくととりとめのない話の続きをした。ここのところ、飲み会が続いていて今日は帰って寝たいと考えていたこと、実は帰国子女で英語はぺらぺらなこと・・・。最初はちゃんと目を開いていたのだが、眠気からかそのうち、彼はあくびを連発した。
「今日はきつかったね」
「そうですね、全然交代できなかったですよね」
「もうちょっと人数が集まるといいね」
「なかなか集まれないんですよね、ウチからは4人ぐらいしかこれないし、あんまり手を広げすぎても収拾つかないかもしれないし・・・」
T駅まではすぐに感じた。
「じゃ、また」
「ええ、来年またよろしくお願いします」
「プシュー」
閉まったドア越しの彼はやっぱりちょっと疲れて見えた。
 年が明けて年度末へ向けて仕事が忙しくなり、他業種も同じようなものだろうと思い、ゲームの誘いが来なくてもさほど気にはならなかった。実際、誘われてもいける状況ではなかったかもしれない。それに発起人等への連絡先はまったく知らなかった。
新年度が始まり初夏の様相を呈した頃、先輩よりゲームの誘いがあった。
実に半年ぶりのことでもあり、当日を楽しみにして行った。
 コートに入ってみて驚いたことに人が溢れている。30人弱といったところか。知人を探してみてもほとんどいない。見回したあげくようやくY氏を見つけた。
「どうもひさしぶりじゃない どうしたのさ この半年」
「いや〜、仕事が忙しくて思うとおりにヒマができなくてね。それにちょっと不幸があったので自粛していたってところかな」
「ふ〜ん、ところで今日はやけに多いね。どこまで手を伸ばしたのさ?」
「飲み屋で知り合った人の友達まで来ているかな? 実際、今日ばかりは半分以上知らない奴らなんだ」
30人ともなると、交代要員を含めて5チームできる。よって、出番はどうしたって1ゲームごとになる。いつもとは違うペースでゲームは流れていくし、やたらレベルに高い連中もいた。それなりにやったのだけれど、なんとなく不完全燃焼した感じだった。いつもはいるはずのAくんはいなかった。
残り時間から、もう自分の出番はないと判断して先に着替える。同じ考えの先輩ともども早めに退散することにした。
「どうする メシでも食べていくか?」
「そうですね 今日は車ですか? じゃ、家に向かいながら目につく店で適当に済ませましょうよ」
軽い雨の中を車は六本木に向かっていった。
「今日はホントに多かったすね」
「そうだな、いろいろあって久しぶりだったから人が集まらないんじゃないかってYは思ったんじゃないか? あいつは人が集まらない厳しさを知っているしな」
「そういえば、どうして半年もしなかったんですかね?」
「いや、近しい人が亡くなったんだよ ほら覚えてるかな たしか・・・Aって いっしょにやったことあるよな?」
「ええ、Aくんでしょ? でも・・・・」
「事故だったらしい 前回のゲームから一週間後にホームに落ちたらしい 詳しいことは知らないけど」
 やりきれない気分だった。あんなにニコニコと楽しげにゲームしてた彼、飲み会の席での彼、電車の中での彼、そして別れた時の彼、どれも気持ちのよい印象しか残らない。そんな彼が亡くなった?確かに年末は人身事故が多発していて、何度も電車は止まり、運休になった。そのうちの一人が彼だというのか?
不思議と信じられない気持ちというのはすぐになくなった。でも、何で彼が?といういたたまれない気持ちだけは今も離れない。
まだ、知り合ってそれほど時間がない、というより実際にはまだよく相手のことを知らないからかもしれない。もっといろいろな面を見る機会があれば、印象も変わったかもしれない。けれども、学生時代のさんざんつるんだ友人の承服しかねる物事の考え方や行動は、結局長続きしている連中の場合、それもアリとしてしまう。
それを最初の頃から感じとっていた、少しストイックで少しハニカミ屋の好人物の彼が死んだ?
 確かに日は浅かったけど、彼は友人であり、年若いけれども信ずるに足る人を失った喪失感は深く心に刻まれた。生命のはかなさと運命の理不尽さを感じて、今日も自分は生きていく。亡き人の供養はその人をいつまでも忘れないこと。そうすることで彼は自分の中で生きていく。だから、ぼくはこれを書いた。

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