| 「怪談(後編)」 |
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| 「よく絵はごらんになるんですか」 「いや、普段そんなことはないんですけど」 「この作者をよくご存知なんですか」 「ええ、少しばかり」 少しばかり息を吸い込んで思い切ってきいてみる。 「この絵、さっきから拝見しているんですが、モチーフが見えないような気がするんです。自分はシロウトですから、難しいことは何もわからないんですが、何かが足りない」 彼女は初めてこちらをちらりと見やってそっと呟いた。 「彼はとても豊かな才能の持ち主ですわ、でも確かにこの作品には何かが足りない、よくわかるのですけど、だからこの作品の悲しさを私さっきから眺めていたの」 「ふ〜ん、何でしょうね、その足りないものとは。確かにこの太鼓橋のこちら側の欄干付近には無意味に空間が空いている。本来あるべきものが消されてしまったような感じがしますね・・・・」 ************************************ 何?誰がしゃべってんの? あーさっきの人?見かけによらないねー。ちょっとイケてるかなってさっきは思ったけど、そーいう性格ならあたしはパス。あと30分で今日は終わりだし、何食べにいこっかな・・・・ ************************************* 「そこには本当は若い女が描かれていたんです、こう、欄干に手をかけて」 彼女はまるで目の前に欄干があるかのようにひょいと両手を前にあげた。 「その女は作者の恋人だったのですか」 「私はそう聞いています、でも短い間のことのようですわ、やっぱり自分の才能が評価されると、環境が変わりますものね。一度評価されたことがきっかけであっという間にちやほやされて、女のことなど忘れてしまったようです」 「・・・で、なんでその女は消されてしまったんです?」 彼女は薄く笑い 「さぁ、なんででしょうね、作品への思いがなくなって自分で消したのか、だれかが悪戯して消してしまったのか・・」 時計に目をやり、少し急がなきゃと小さくつぶやく。さっきまでウインドを銅色に染め上げていた夕日は姿を消し、かわりに自分の姿が浮かび上がっている。少し鈍く、小さく瞬いているのはネオンなんだろう。足早に他の作品を見はしたものの、どんな作品だったのか視線をはずした瞬間に、どこにも印象は残らない。 「あなたならわかるのかしら?」 「・・・何をです?」 振り返らずにやっと応えた。 「やっぱり彼は彼女のことを忘れてしまったのかしら、重荷だったのかしら彼女のこと・・・」 「新しい彼女でもできたんじゃないですか?ちやほやされて、キレイな女に言い寄られるのは悪くないでしょうし、ついフラフラってんのもわかる気がする」 「・・・」 「もちろんわかるわけじゃない、でも男ってそんなものですよ」 軽口の返答がこないのが気になって、追加した。 「ひょっとしたら、あの場所、新しい女にでもせがまれて書き直す気になったのかもね」 「・・・そんなことなら、ただではおかないわ。それに彼はそんな人じゃない、誠実な人なのよ・・・」 ハッとして、振り向くと青い鬼火が2つ浮かんでいる。その前にはさっきも見た白い腕だけが伸び、いつの間にか自分のジャケットをつかんでいた。少し離れているはずのあの絵がやけに近くに見えた。 悲鳴はあがらなかった。魅入られたまま特に抵抗することなく、夢遊病のようにあの絵に向かっていた。 ************************************ あーっ、やっと今日も終わり。結局お客は一人っきり。しっかしずいぶん長いこと見ているなぁ・・・。あれ?なんだ、いないじゃん。おっかしいなぁ、出て行くたって入口は一つだし、どこにも行きようがないんだけど。 ひょっとしてオーナーの息子とか?だったら中を抜けていったかもな。 ちぇっ、千恵でも呼び出してパスタでも食べにいこっと。 しっかし、つまんない絵ばかりだな。これだけが他とちょっと雰囲気違うけど。あれ、この絵、前もこんなだったっけ?なんか、見るたびに絵がごちゃついてくるような気がするけど。それになんでみんなこんな呆けた顔しているんだろうな。ホント、見ていると気がめいるよ。 ************************************* 鍵を閉めて外に出る。銀座はいつもどおりだ。今はまだだけどちょっとたてばサラリーマンがそこいらを行き来する夜の街に変わる。 ウインドの中ではどの絵も静かに鎮座している。かすかなうめき声が洩れたような気もするが、空耳だろう。ここは銀座、古い歴史のあるここでこんな夜に何もないわけがない。 |
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