| 「理容店のサインポール」 |
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| 我々、理容店の目印でもある、ドリルのように「赤・白・青」の3色が上に上がってゆきながらクルクル回るこの棒は「サインポール」と言う呼ばれている。でも、この呼び名は英語で、実は日本名もある。その名も「有平棒(あるへいぼう)」(笑)まあ、その日本の呼び名はさておき、理容店のサインポールは、外科医が理容師を兼ねていた頃の名残で「青・赤・白はそれぞれ静脈・動脈・包帯を意味する」と実際には普通に言われているが、その頃の医学では、血管に動脈・静脈の概念が無かったので、確かに「ガセビアの沼」で言うようにそれは違うと思われる。 中世の頃、ヨーロッパで理髪師は修道院などにいた。髪を切ったりヒゲを剃るだけでなく、瀉血(しゃけつ)や色々な人々の要望に応じて、やけどや骨折などの治療、抜歯などの外科的治療も行なっていた。ちなみに「瀉血」とは、患者の静脈から血を少しだけ抜き出す治療の事だ。今でこそ「瀉血」はほとんど行われていないが、昔は健康維持や病気の治療のために、悪い血を抜かなくてはならない!と信じられており「瀉血」が盛んに行われていたという。でも、個人的な認識になるが、女性は生理があり静脈の血液を使い、排出する。男性はどうしてもそういう事がないので、実際には「瀉血」というか、現代では「献血」で外に血液を出すのは造血作用が働き、良いと言われている。だから「瀉血」も 一概に「無謀」という訳でなく、健康管理にはちょっと役立っていたと思う。と話がずれたが「瀉血」を行っている間、患者はある棒を握っていた。腕から出た血は受け皿に落ちるようになっていたが、やはり腕から棒へ血が垂れる事も多く、この棒は最初から真っ赤に塗られていたという。後に、この棒は「バーバーズ・ポール」と呼ばれるようになったと言われる。そして、瀉血が終われば、患者の出血を止めるため包帯を巻いていた。しかし当時の包帯は非常に貴重なもので、何度も洗って干し、再利用していた。その干すのに使われていたのだがこの「バーバーポール」だった。しかし、風などでそこに干した包帯が巻き付いたりした。この巻きついた包帯から、紅白の螺旋模様のポールが理髪店の看板となっていたと言われている。 そして、残る「青」だが、これは1745年のイギリスで、理髪師と外科医が分離したのがきっかけと言われる。その時に外科は紅・白の看板を、理髪師は赤・青・白の看板を掲げるように決められたが当時は定着しなかったとされる説と、血液を表す赤と包帯を表す白の2色に、アメリカにおいて同国の国旗(星条旗)のカントンの色である青が加えられたとも言われている。いずれにしても、どれが間違いとかいう事でなく、中世当時は理髪外科医と呼ばれていた名残である事は間違いない。こうした誇りはこれからも大切にしてゆきたいと思う |
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