| 「プロ」 |
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| 朝の通勤電車が混雑しているのは当たり前。みんな頑張って通勤している。 特に震災以降、冷房も効かせないようになっているため、低血圧で貧血ぎみな方は乗車中に気分が悪くなることも、そりゃあ、あるでしょう。 「気分を悪くされた方の救護」に対応し、電車が遅れるのも当たり前、とそこまではいい。しかし、最近は「混雑の影響」でほぼ日常的に電車が遅れるということがある。なぜ「混雑したか」ということを考えると、乗客の数がいきなり増えるわけではないし、毎日続くならば、運行に対し乗客が過剰だという判断が早めにあっていいはずである。 しかし、そんなことはありえない。ほんの10秒とか、取るに足らないような何かしらの小さな遅れが累積して、それなりの遅れになるのではないかと想定されるのである。もちろん、現在、電車の数は20年前とは比べられないくらいに多くなって、共有する線路も多いだろうから、必然遅れる理由も出てくるだろうとは思う。しかし、他国から見れば異常なほどに厳格な日本のタイムテーブルに慣れた我々としては、どんな理由であれ、日常的に遅れては困るわけである。震災直後の混乱期には、みんながそれを了承し、早めに家を出る等の対策をとっていたのだが、今は違うのである。 特にナットクがいかないのは「時間調整のため、この電車2分ほど停車します・・・」というアレである。前に電車が詰まっている場合はわかる。けれど、ちゃんと定刻に電車を待っていて、「乗った電車は発車しない、遅れてきたヤツに押されて奥においやられる、もちろん、ホームや通路もすし詰め状態」となり、結果、遅れは冗長され、こちらの気分も害してくるのである。 前が空いていて、電車がすでに満員状態ならば、後ろのことは気にせず、とりあえず出発してもらいたい。 「後ろの人が迷惑するから、みんなで遅れを共有しましょう」というのならば、その場で迷惑している人の事情はどうなるの?大体、実際遅れている電車はしょーがないとしても、出れるのに動かない電車があるほうが気分を害する人の数は増えると思う。前が詰まっているなら、動いてもしかたないのは誰でもナットクするでしょう。 もちろん、最終電車の場合は、問題が違う。フォローがないとどうにもならない人がいるのだから、これはみんなで許容するしかない。 それに、「事情があるから遅れました、しょうがないでしょ」 と開き直られるのは、運送関係者として、少々恥ずかしいくらいに考えてもらいたい。 困難が前にあって何も対処しないでよいのはどこでも通じないはずである。ドライな欧米ならば結果がすべてで、どんな理由さえも認められないかもしれない。しかし、日本では人情というものがある。 素直に、「予測不能な事情があって、遅れてしまいました。しかし、その中でも少しでも遅れを取り戻すべく、精一杯努力しました」 といわれたら、こっちだって「ああ、そうか、しょーがないな」とも思うんである。 こっちだっていつも完璧に顧客の要求に応じてるとは限らないのだし、その時に自分も同じように努力しているから、わかるのである。 ところが最近の、 「○○の事情により、電車○分遅れています。この先の電車の到着予定時間をお知らせします・・・・」とのっぺりとした抑揚のない予防線を張られると、、 「そりゃあ、わかるけど、少しは努力したのかよっ」、 って、つっこみたくなるのである。 しかし、たまに、遅れに関するアナウンスもなく電車を発車させ、気づいてみたら、遅れが何分か解消されていたこともある。ただ、ひたすらに先を目指し、コトバでなく行動で示してくれるのだ。こういうときは普段と違う電車の挙動からも「ああ、頑張っているな」というのはハッキリわかる。そして結果、少しでも遅れが解消されており、駅に近付いて、しぶく「定刻に2分遅れとなります・・・」といわれると、そのプロ意識にちょっと感動する。実際、その何分かの違いが、次の乗換えに重要なことが多いのだ。まぁ、タイトスケジュールな日本の電車事情の特色ではあるが・・・。 もちろん、安全あってのことなので、そんな綱渡りをいつも歓迎するわけではないのだが、朝からそのプロ意識に触れるのは、心地よく、自分も「頑張らねば」という気持になれるのも、確かである。 |
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作:shun | |
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