| 「おやじとのおもいで」 |
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| 空一面のいわし雲が流れていく。 西から東へ、粛々と流れていく。 普段、仕事が忙しいときには悠長に空を見上げることなど、ほとんど皆無である。 このところ続いた長雨の谷間に、ひょっこり見せたこの空。 「最近の子はいわしもほとんど見たことないんだろうな・・・」 首をかしげると、小さな公園で幼稚園ぐらいのこどもたちが、ボールとたわむれている。 いい午後だ、そよ風の中、車を止めておしゃべりする人、潮騒のように、こどもたちの歓声が寄せてくる・・・。 **************************************** あの小さい夏の日の夕方、おやじは会社から帰ってくる。少しだけ弱まった日差しの中、従兄弟と夢中でキャッチボールしているころ、てぶらで帰ってくる。 「会社で何しているんだろう」 と思うことはあっても、いつもてぶらなので、何をしているのかまったく想像がつかなかったし、こちらもきいたためしはない。 一度、スルーして家に入るが、ほどなくグローブを手に出てくる。 いつも、おやじは日に照らされて、でかくって、こちらは目の前にひょろりとした影をつくっていた。 あんまり、会話はなかったが球が行き来し、「スパン スパン」音がするたびに、なんとなくつながっていくような感じはあった。 ボールが近づいてくる、「シューッ」と風をきる音と、グローブの感触が心地よい。 カーブやシュートを投げてくることもあった。もちろん、すっぽ抜けもあるし、シュートはちょっと曲がって落ちる程度だったが、カーブは結構曲がってくるのを今でも覚えている。 今の自分でもできない、この一点だけでも「おやじはすげえな」と思う。 7時少し前に、終わるとそのままフロへ直行し、あがれば夕食だ。 当時の夏といえば、プロ野球、枝豆、ビール、1本のサイダーだ。 おやじを除くみんなでサイダーを分けると、コップに半分くらいなのだが、いつも楽しみだった。 テレビの正面におやじ、自分の横にばあちゃん、前に妹、ナナメ前にお袋がいて、約1時間半かけて夕食をとっていた。古きよき時代の家族団欒の光景そのもので、もちろん当時は当たり前のことで、その準備からおわりまで、少しもあわただしいことはなく、ゆっくりと時間は流れていたように覚えている。 **************************************** 今、家の前でキャッチボールをしている親子をほとんどみない。 ウチでも夕方に帰ることなど、季節を問わず、ほとんどないことだから、平日子供と遊ぶことなどありえない。 でも確かにあの夏、当たり前のように自分は得難い経験をしていたようだ。 おやじや家族と当たり前に過ごし、つながっていたあの日。今、家族とのつながりの少なさを普通に受け入れている自分が悲しい。 最近、ようやく休日らしい休日を過ごすようになって、家族で出かけ、一緒にご飯を食べ、友人と会い、遅れた夏休みを取り戻そうとしている。 気のせいか、最近子供とのつながりが強まったような気がする。子供もまんざらでもないようである。 「今日は仕事もヒマなことだし、早く帰るかな」 |
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作:shun | |
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